「雨の日も風の日も雪の日も、竹を運び続けた。食べてくれなくなるのは寂しい」。神戸市立王子動物園(灘区王子町3)のジャイアントパンダ「タンタン」(雌、24歳)が食べる竹は20年間、神戸市北区淡河町の有志が届けてきた。その一人、農園経営の西浦常次さん(71)は中国へ帰るタンタンへの惜別の思いを語る。
北区淡河町神影にある竹林には、モウソウチクが辺り一面に生い茂る。農業の岩野憲夫さん(72)が所有する。6月9日も、足場の悪い中、岩野さんらは専用ののこぎりで約20キロの竹を刈り取った。
パンダ用の竹刈りは西浦さん、岩野さんのほか、農業の辻井正さん(76)の3人が本業の傍ら続けてきた。交代で北区や兵庫県三木市などそれぞれ20カ所以上の竹林へ行き、週3回、計150キロほどを刈り取って動物園に運ぶ。竹は、林の所有者から許可を得て刈り取っている。大雪でトラックが動かなくなったこともあったが「俺らが届けなかったらタンタンの餌はどうなるんや」と続けてきた。
王子動物園によると、パンダへの餌やりは1日6回。竹を常に新鮮な状態で食べられるように、毎日約12~15キロを小まめに与える。モウソウチクやハチクなど4種類で、タケノコを与えることもある。飼育展示係長の谷口祥介さんは、岩野さんらについて「タンタンの味の好みをよく分かっている理解者」と話す。
3人にとってタンタンは「味にうるさい女の子」。飼育員から事前に種類や量の指定があるが、タンタンの気まぐれで「やっぱりトウチクじゃなくてモウソウチクで」と直前に変更されることも。コウコウ(2010年に死ぬ)はえり好みしなかったが、タンタンには「口に合う竹を求められ、20年間振り回された」と岩野さんは笑う。自宅に竹専用の冷蔵庫を置き、鮮度にも気を使ってきた。
淡河町とパンダとの縁は1981年、ポートアイランド博覧会の時に期間限定で来日したパンダに竹を提供したことが始まりだった。岩野さんが始めたのはタンタンが神戸に来た00年、王子動物園長と親交があった地元自治会長から頼まれたのがきっかけ。有志で「パンダ部会」と名付け、後に辻井さん、西浦さんも加わった。「当番が来ればお正月もお盆も返上だった」と西浦さん。大変な日々だったが、岩野さんは「3人で助け合いながら、よう頑張ったな」と言う。
タンタンが中国に帰れば3人が竹を運ぶこともなくなる。西浦さんは「カレンダーには自分が当番の日に印をつけていたので寂しい」。辻井さんも「20年間、ご苦労さんと言ってあげたい」と別れを惜しむ。3人は「タンタンには、日本の餌が良かったと思ってくれたらうれしい」と、残りの期間も精いっぱい竹を刈るつもりだ。竹林は「いつ次のパンダが来てもいいように」と草刈りなどをしてこれからも小まめに管理を続けていく。【中田敦子】