巡視船「いなさ」19日に解役 北朝鮮工作船と銃撃戦繰り広げた高速船

2001年に鹿児島県・奄美大島沖で北朝鮮の工作船と銃撃戦を繰り広げた海上保安庁の巡視船「いなさ」(180トン)が、19日に解役される。
「いなさ」は、1985年4月に日向灘で起きた不審船事件を教訓に、時速約65キロ以上の高速で航行できる小型巡視船として建造され、90年1月に長崎海上保安部に配属された。05年3月からは佐賀県の唐津海上保安部へ配属替えとなり、九州をはじめとする南の海を守ってきた。しかし、建造から30年を経て老朽化も目立ってきたことから、24日に対馬海上保安部から唐津海上保安部に配属替えとなる巡視艇「やえぐも」(100トン)と入れ替わる形で引退することとなった。
48年ぶりの船体射撃
工作船事件当時の「いなさ」の乗組員だった海保幹部は「工作船事件だけでなく沖縄サミットの警備にも従事したので、解役と聞いて寂しい。建造時の速度が維持できるように、日ごろから念入りに船体やエンジンの手入れをしていた」と語る。事件が起きた01年12月22日未明、「不審な船」がいるとの一報を受け、「いなさ」は緊急出港した。「いなさ」は、外洋の大波にも強い船だったが、海上は4~5メートルもの波でしけていたため、長さ43メートル、幅7.5メートルの小さな船体は荒波に翻弄(ほんろう)された。乗組員は食事もままならず、船橋でシートベルトをしたまま、おにぎりを張りながら現場を目指した。半日ほど走り続けて「不審な船」を発見、停船命令を発したが、応答も反応もなかった。停船する気配がないことから、射撃警告を行ったが平然としていることに、「いなさ」の乗組員は違和感を覚えた。警告後、威嚇射撃、さらに海保として48年ぶりとなる船体射撃にも踏み切ったが「不審な船」は止まらなかった。乗組員だった海保幹部は「警告しても撃たれても、抵抗も応答もない。こんな船は初めてだった」と振り返る。
逃走を続ける「不審な船」を後から合流した巡視船「あまみ」「きりしま」「みずき」とともに4隻で追跡した。午後10時過ぎ、「不審な船」の動きを止めるため、「あまみ」と「きりしま」が「不審な船」を挟撃し、「いなさ」は少し離れた位置から援護するために射撃態勢を取って待機した。その直後、無線から「撃たれた」という声が響いた。「いなさ」もバチバチという音とともに被弾し、片側のエンジンが使えなくなった。船橋から、挟撃した巡視船の上を火の玉(ロケット弾)が飛んでいくのが見えた。「いなさ」は、直ちに正当防衛射撃を開始したが、「不審な船」は自爆と思われる爆発とともに沈没した。
釣り人からの歓迎
その後、傷ついた「いなさ」は、鹿児島港へ向かった。大しけの中を走り続けたため、食事を取る部屋は椅子などが散乱し、ゆっくり食事をすることもテレビを見ることもできる状況ではなく、この事件がどのように報じられているか分からなかった。鹿児島へ入港しようとすると、ボートに乗った釣り人が歓迎するように大きく手を振っていた。岸壁に大勢の報道陣が待ち構えているのを見て、乗組員は初めて大事件として報じられていることを知ったという。
「不審な船」は02年9月に現場から引き揚げられ、海保が徹底的に調べた結果、北朝鮮の工作船だったことが判明した。海保は、この事件を教訓に、さらに大型で高速の巡視船を建造して日本海側を中心に配備し、工作船の出現に備えた。
最後は晴れてほしい
「いなさ」は、高速型巡視船の初期の船ということもあり、構造上、最新の高速型巡視船よりも小回りが利かないが、スマートなシルエットは、古さを感じさせない。
「いなさ」の白仁田祐太主任機関士(33)は「古くなって細かい故障はあるが、止まってしまうようなトラブルはなく、今なお高速で走れる。『いなさ』の工作船事件の話は他の船に乗り組んだ時にも聞いており、解役に携わることはプレッシャーだが、名誉に思う」と話す。さらに「(梅雨時ではあるが)解役式の日は晴れてほしい。『いなさ』には、30年もの間、お疲れ様ですと言いたい」とねぎらった。【米田堅持】
ことば「北朝鮮工作船事件」
2001年12月22日、防衛庁(現防衛省)からの通報で、漁船に偽装した北朝鮮の工作船を海保が鹿児島県・奄美大島沖の東シナ海で確認。停船命令を無視して逃走したため、漁業法違反(立ち入り検査忌避)容疑で追跡し、巡視船が船体射撃した。工作船から自動小銃やロケットランチャーなどで巡視船を攻撃され3人が負傷。巡視船が正当防衛射撃すると、工作船は自爆とみられる爆発とともに沈没した。
翌年の9月11日、工作船は引き揚げられ、船内の小舟や武装が明らかになり、直後の日朝首脳会談で金正日総書記が工作船と認めた。任務は覚醒剤の密輸や工作員の送迎とみられる。過去に薬物密輸事件で海上自衛隊に撮影された船と同一船でもあった。
工作船は現在、海上保安資料館横浜館(横浜市中区新港1)に、銃撃された巡視船「あまみ」の船橋部分は海上保安大学校(広島県呉市若葉町5)に展示されている。