新宿歌舞伎町の通称“ヤクザマンション”に事務所を構え、長年ヤクザと向き合ってきたからこそ書ける「暴力団の実像」とは―― 著作「 潜入ルポ ヤクザの修羅場 」(文春新書)から一部を抜粋する。
◆◆◆
正しい訂正文の書き方
組織からの理由あるクレームは、これに比べれば気が楽だ。不思議なことに暴力派として有名な組織からのクレーム電話は淡々としており、弱い組織からのそれは恫喝の嵐になりがちだった。
弱い犬ほどよく吠える――。
そのことわざは、暴力団からのクレームに関してならほぼ正しい。ギャンギャン吠えられても、訂正文以上の落とし前を求められたら断るしか方法はない。
訂正文を出さないことを名誉と考える同業者もいるようだが、それは単に突っ込んだことを書いていないだけではないか? 人間は完璧ではない。プロの校正を付けても誤植はなくならない。組織の体質や親密度にもよるが、親分、組長、幹部の名前を1文字間違っただけで、すぐ訂正文である。ただ、誤植が深刻なトラブルに発展することはまれである。悪意がないのは明白だから、大方のケースは訂正文で納得してくれる。問題なのは、記述全体がヤクザの名誉を傷つけている場合で、私の初体験はこれにあたる。落としどころは訂正文しかないにせよ、どうやって書いたらいいのか問題になる。なにしろ事実無根のことを書き飛ばしたわけではない。行為は実際にあったのだ。
この1本に命を懸けた、というなら別だろうが、突っ張るのは馬鹿らしい。事実であろうがなかろうが、ヤクザ側が記事のおかげでイメージがダウンし、メシが食えないと言っているのだ。こっちが頭を下げ、訂正すればいい。
無理をしてまで暴力団の記事を載せる必要があるのか
ただしこれは、実話系雑誌だからできることで、新聞や一部の一般誌にはヤクザと同様のメンツがある。これは結構重い。マスコミの正義は書いた内容が事実か否かだから、私のように「内容はともかく謝っちゃえばいい」ではすまない。とくに新聞は、明らかな誤認――たとえば組織内の名称を誤記したケースでも訂正文の掲載に応じない。もちろん暴力団側も引かない。こんなときはひどくしんどい。間に挟まれ四苦八苦するのではない。そんなことにはもう慣れた。
ことが大事になった時点で、以降、暴力団関連の記事が敬遠される。こうしたトラブルは、無理して暴力団の記事を載せる必要はない、という経験則として新聞社に蓄積される。ほかの分野にいくらでも事件はあるのだから、暴力団に関わるなんてとんでもない。こうなると、もう二度と仕事がこない。
同様に一般誌の暴力団記事は、どの程度まで書けばいいのかさじ加減が難しい。差し障りのない記事→面白くない→仕事がこない。踏み込んだ記事→面白い→でもトラブルになったら仕事が来ない、となるからだ。例外は突出して硬派な記事だろうが、それだけの記事を記名で書く勇気と、書かせてもらえる信用を合わせ持っているのは溝口敦しかいない。
実話系雑誌はもともと、誰もが面倒でさじを投げた部分を狙っている。最初からトラブルは覚悟の上だから、訂正文に対する抵抗が弱いのは当然だろうし、それを恥じる必要はないだろう。
言いなりのように掲載した訂正文
私の最大の訂正文は、『実話時代』を辞めてフリーライターになった後、競合誌『実話時報』のグラビアページの巻頭に、3ヶ月連続で掲載された。記事はまるごとねつ造でしたと謝罪する文面で、訂正文を考えたのはクレームを入れてきた組織である。断言するが、暴力団専門誌が勝手に記事を作ることはない。なぜこんなことになったのか、いまでも真意が分からない。謝罪と訂正には慣れっこの自分だが、さすがに「ねつ造」は堪えた。マスコミ人としては最大の屈辱となる文言が並んでいて、相手組織からのファックスには、古巣の『実話時代』編集部の電話番号が記載されていた。もし『実話時代』が訂正文作りに関与していたとしたらさすがというしかない。実際、ここまで的確にウイークポイントを突いた訂正文は、同業者しか考えつかないだろう。『実話時代』と後発誌『実話時報』の確執については後述する。
このクレームによって、私は暴力団組織の役割分担を再確認した。トップに対する直接交渉のルートが遮断され、その意を汲んだ幹部たちが悪役を演じる。悔しさのあまり言葉が震える私に対し、幹部は「ねつ造といっても、いろいろあるんだからいい意味のねつ造と解釈すればいいんじゃない?」とせせら笑った。普段親しく交流していても、暴力団が本気で怒ったら、暴力に屈服するしか方法がないと理解した。
ヤクザ記事のタブー
毎月ヤクザ記事を作っているうち、なにを書いたらオーケーで、なにに触れたらトラブルとなるのか、その基準がだんだん分かってきた。自分の親分や組織を批判するのがタブーであることは前述したが、この他、御法度の表現がいくつかあった。それらはすべてヤクザとしてのメンツを傷つけるもので、具体例をあげれば、逃げた、泣いた、弱い、日和(ひよ)った、詫びを入れたなど、暴力的劣勢を明確に示す言葉である。表面上、強固な団結力をウリにしているだけに、烏合の衆、バラバラ、寄せ集め、裏切り、裸の王様などもNGワードだ。
便利な言い換え用語も知った。たとえば逃げると書くのは名誉を傷つけるが、「体を躱す」と書けばそれは戦略的撤退となり、勝利のため、一時的に移動したニュアンスに変わる。懲役には枕詞のように「余儀なくされる」が付いてくる。ヤクザである以上、組織のために犠牲となるのは、やむを得ない税金であるということだ。
語尾で徹底的に断定を避けるのも、暴力団記事の特徴だろう。
〈一部ではそういう噂も多いはずに違いないと聞いている……〉
さすがにこんな極端な使い方はしないが、曖昧さを表す言葉をあえて二重三重に使うのは日常的なテクニックとされ、『実話時代』編集部でも徹底的に教え込まれた。とにかく核心をぼかす。断定は避ける。それがコツといえばコツだろう。
勝ち負けを書くのはもってのほか
たとえば、抗争事件でも実際は明確な勝ち負けがあるが、それは書けない。暴力団抗争はよほどのことがない限り、適当なところで仲裁が入る。負けたと書かれれば組織の看板に傷が付き、おマンマの食い上げだ。抗争のあとも、負けた側は暴力団として存在し、カタギを恐怖させ続けねばならない。
マスコミが黙ってさえいれば、暴力社会の事情が一般人に漏れることはないのに、自分たちの暴力的劣勢をマスコミに書かれては困る。闇は闇のまま、光を当てる必要はないと暴力団たちは考えている。そのため実話誌では、前記のような、日本語としてとりあえずは正しいが、内容がさっぱりわからない文章ができあがる。
訂正文の実例
1985年8月29日号の『週刊実話』に載った訂正文は、暴力団たちのタブーを知るには格好の教材だろう。
「〔訂正とお詫び〕
『8月15・22日盛夏増頁合併号』の41頁『名古屋市港区内の路上で中本幹部らに短銃を向けた』2人は『助けてくれとさけんだ』とありますが、一和会五代目水谷一家隅田組より厳しい抗議があり、そのようなことは決してなかったとのことです。
2人は病院近くで何の言葉も交わすことなく、不意に撃たれたとのことであります。けがをした組員の方がはっきりいっております。
やくざ者として生きてこられた隅田組幹部・中本昭七氏の名誉にきずをつけるようなことを書きまして誠に申し訳ありませんでした。
深くお詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。」
いまの実話誌は、こうした事情を嫌というほど分かっているので、なにひとつ確かなことは書かないようになっている。書き手が奮闘しても、それを校正で削るのが暴力団記事を作る編集者の腕の見せ所とされる。その点、昭和の実話誌は硬派だった。身をもって体験してきただけに、先輩諸氏の奮闘には頭が下がる。
クレームを防ぐことが最優先された編集部
編集部内のレクチャーで使われたのが、溝口敦の生原稿だった。当時、『実話時代』が依頼した原稿を使い、社長が赤ペンを持ちながら「この部分をそのまま出したら危ない」「こんな記述を載せたらやばいことになる」と指摘しながらバスバス削っていくのだ。本来、記名原稿なのだから、著者に確認をとらなくてはならない。しかし『実話時代』ではクレームを未然に防ぐことが最優先された。編集部の校正に異を唱えた書き手は、安全面の観点からすぐクビになった。
ただし『実話時代』ではクレームのすべてを編集部が受ける決まりになっていた。記名原稿であっても、謝罪の場にライターを同席させることはほとんどなかった。雑誌に載せたものは、編集部がすべての責任を負うので、書き手は気が楽だったろう。安心してヤクザ記事を書ける媒体として、『実話時代』は独特の存在感があった。『実話時代』方式に慣れた書き手が、同じような調子で他誌に記事を載せ、強烈なクレームに遭遇し、絶筆騒ぎになったこともある。他誌は『実話時代』のように、あらかじめクレームに繋がりそうな記述を精査するなどという作業はしない。
ヤクザによる原稿チェック
表面的には紳士な関東ヤクザのほうが、幹部たちのチェックはきつい。原稿を事前にみせるよう要求してくるのはもちろん、幹部たちがよってたかって、我が親分をありえないほど高尚な人格を持つ侠客にしてしまうのだ。
「あんたたちにも表現の自由がある。勝手に書くのは仕方ないが、間違ったことを書かれると困るので取材しにこい」
と言ってくれるのは、大半、西日本の組織である。
本来、客観的に事実を書くなら誰の許可もいらない。しかし、東日本の組織取材に、その大原則は通用しない。それを突っぱねられないのは、専門誌である以上、取材拒否をされると雑誌が立ちゆかない弱みがあるからだ。記者クラブが、警察批判をできないのと一緒だ。
ヤクザ社会には「利口で出来ず、馬鹿で出来ず、中途半端でなお出来ず」という格言がある。その言葉は私に鋭く突き刺さる。
暴力団批判を続けるために
私が編集部を辞めたのは、相応の報酬が欲しかったからだが、ヤクザと持ちつ持たれつの組織に属していては身動きがとれなくなるという焦りもあった。すべてを個人で背負い込まないと、暴力団の批判が出来なくなる。私の書いたことで仲間たちに迷惑がかかったり、取材拒否になるのは避けたい。これだけ多種多様の価値観が溢れる社会のなかでは、それぞれに立場がある。どれが正義なのか、善なのかという結論はどこまでいってもでない。
「我々が取り締まっている組織こそ最強だ」と自負するマル暴刑事――ヤクザと関わる人々の特異な心理とは へ続く
(鈴木 智彦)