新聞やテレビ、週刊誌などの多くのメディアが、安倍晋三首相と菅義偉官房長官の間に、不協和音、すき間風が吹いているがごとく報道している。だが、それは「木を見て森を見ず」の見方であろう。
確かに、新型コロナウイルスへの対応で、菅氏は安倍首相と距離を置いているように見えないこともない。しかし、第2次安倍政権発足以降、「安倍首相の女房役」「内閣の大番頭」として、安倍首相と苦楽をともにしてきた菅氏である。2人が仲たがいすることは考えにくい。
在職最長記録を持つ首相と官房長官であり、固い絆の同志である。菅氏が官房長官でなければ安倍長期政権はなかっただろうし、安倍首相でなければ、菅氏が官房長官として力を発揮することはできなかった。何だかんだ言っても、2人は補い合う関係であり、それを誰よりも熟知している。
そうした菅氏の最大の関心は、任期まで1年余となった安倍政権の「有終の美」をどう演出するかだろう。
「安倍首相が4選をしない」となれば、「ポスト安倍」に向かって政局が動き出すのは自明の理で、そこに今回の新型コロナ禍である。政権内のタガが緩んで足並みの乱れが生ずるのは予想されたことだし、世論調査の支持率が下がるのも想定の範囲内のことだろう。
そうしたなか、どのように混乱なく退陣を果たすのか。菅氏としては、さながら、しんがり軍の軍師のような心持ちではないだろうか。
菅氏の長所は、ここ一番というところで冷徹な判断ができることだ。一方で、逆境・逆風にある人に対して「大丈夫か」と電話一本いれる気配り、暖かさも兼ね備えている。若い議員にはピンとこないかもしれないが、要するに「苦労人」なのだ。
菅氏はトップの座を目指すのだろうか。いまや押しも押されもせぬ永田町の実力者である。自民党の実力者であれば、一度は「首相になってみたい」と思うのはごく自然な心理だろう。
しかし、「ポスト安倍」に限って言えば、菅氏が自ら名乗りを上げることはないのではないか。万が一、菅氏が手を挙げることがあるとすれば、それは安倍首相から後継指名されたときだろう。だが、現時点では、そうしたケースは考えにくい。
菅氏が本格的に首相候補となるのは、「ポスト安倍」の次に向けてである。それは、小泉純一郎政権の官房長官だった福田康夫氏が「ポスト小泉」の総裁選には手を挙げず、1つ間を空けたのと同じである。
大番頭である官房長官とはそういうものである。そういうスジ論を重んずるのも、やはり菅氏が「苦労人」だからなのである。
■伊藤 達美(いとう・たつみ) 政治評論家。1952年、秋田県生まれ。講談社などの取材記者を経て、独立。永田町取材三十数年。政界、政治家の表裏に精通する。著作に『新人類は検事が嫌い』『東條家の言い分』『検証「国対政治」の功罪』など多数。『東條家の言い分』は、その後の靖国神社公式参拝論争に一石を投じた。