「トルコ政府による迫害はない」と、頑なにクルド人の難民申請を認めない日本の司法

◆トルコ政府のクルド人弾圧から逃れてきたアリさんが敗訴

「1、原告の請求を棄却する。2、控訴費用は原告の負担とする」

1年半に渡った東京地裁での裁判の判決は、裁判長の一言で非常にあっけない幕引きとなった。

6月11日は、トルコ国籍クルド人難民のアリ・アイユルドゥズさんの判決の日だった。アリさんは在留資格を得るために出入国在留管理庁(入管)と争っていたが、敗訴が確定した。

この日の判決を見届けるために50人近くのアリさんの友人たちが集ったが、「コロナ対策」と称して18名しか法廷に入ることができなかった。それさえなければ傍聴席を埋め尽くすこともできただろう。入れなかった人たちは、せっかく来たにもかかわらず廊下で待つしかなかった。

アリさんは1993年に来日した。トルコでは、クルド人は自分の言葉や文化を禁止され、差別を受けている。アリさんも例外ではなかった。たびたび起こるトルコ人とクルド人の衝突にいつも不安を感じていた。

徴兵の年になったら自分はトルコ軍に入隊させられる。そうなればクルド人と戦い、時には殺さなければならない。同胞に対し銃を向けることをどうしても避けたかったため、悩んだ末トルコを出る決意をした。

日本を選んだのは、親戚が1人日本にいて頼れると思ったのと、トルコから日本へは査証が免除されるのですぐに行きやすいと判断したからだった。家族の協力のもと、1人で日本を目指した。

余談ではあるがその親戚は今、日本にいない。現在ではアリさんが日本で最も古いクルド人となる。

◆日本人と結婚して11年目になるも在留資格は下りない

しかし、日本にでもアリさんには休まる時がなかった。当時は難民申請をすることを知らなかった。オーバーステイで入管に収容され、合わせて4年3か月も自由を奪われている。

2004年、法務省が日本で難民申請をしているクルド人の名前などの個人情報を、トルコ政府に情報漏洩してしまうという事件が起きた。それにより、トルコ政府は難民申請している人たちの実家まで行き、日本にいる彼らのことを聞きまわった。アリさんの出身地にも政府の人間が入った。その件によって、クルド人当事者たちはますますトルコに帰れなくなってしまったのだ。

さらにアリさんは2003年、少しずつ増えてきたクルド人の仲間と「日本クルド友好協会」(※6/23 14時追記:アリさんたちが作った協会はすでに閉鎖されており、今ある同じ名前の協会は別団体である)を設立した。日本でクルドの料理や文化を広げる極めて平和的なグループだったが、それをトルコ政府は許さなかった。

目をつけられ、2005年にトルコ政府が当時の小泉首相に協会の閉鎖を要求してくることもあった。アリさんの苦難はどこまでも続いていく。

収容と強制送還の恐怖におびえる日々を過ごし、身心ともに傷ついていた時、アリさんは日本国籍の女性と出会う。すぐに意気投合し、2人は籍を入れた。今年で結婚11年目となるがそれでもアリさんに在留資格は下りない。

◆名前や顔を晒し、クルド問題を訴え続けてきた

今年で28年も日本で生活しているアリさんにとって、今回の裁判は最後のチャンスともいうべき重要なものだった。2018年12月に裁判は始まり、長い日本の生活で日本の友人がたくさんいるアリさんには、常に応援する人が多数いた。

裁判だけでなく、メディアに顔や名前を露出して、自分の境遇を世の中に訴えてきた。文化放送のラジオ番組「大竹まことのザ・ゴールデンヒストリー」でもアリさんのことを語ってもらえた。

諏訪敦彦監督の映画「風の電話」にも出演を果たし、劇中でクルド問題を訴えている。声がかかったものはすべて引き受け、署名を集めるなど在留資格につながる可能性のあることなら、なんでも行動を起こした。

2019年10月、夫婦の口頭弁論となった。アリさんの妻は法廷で、トルコにいるアリさんの母が昨年亡くなり、アリさんはそれでも戻ることができずに2人で抱き合って泣いたと、涙する場面があった。

妻だけはアリさんの実家に訪れたことがあり、親族にとても歓迎された。「いつかアリがビザを取ったら、2人でお義母さんのお墓参りに行きたい」と語った。

しかしアリさんは例えビザを取れたとしても、トルコに戻ることは決して叶わない。

◆「トルコ政府によるクルド人の迫害はない」という判決要旨

この裁判は2020年1月に結審となり、4月に判決が決まった。しかしコロナのため4月は延期となり、6月11日に変更された。6月10日はアリさんの36歳の誕生日で、勝訴すれば素晴らしいバースデイプレゼントとなったことだろう。

しかし友人たちが見守る中、敗訴が言い渡されてしまった。判決の要旨は、以下のようなものだった。

「トルコ政府によるクルド人の迫害はない。アリさんは長年日本にいるが、長期間不法残留をしているだけ。結婚に関しては、在留特別許可に関するガイドラインに沿っているといっても、絶対にビザを出すとは限らない。アリさんがトルコに帰り、妻がたまにトルコに会いに行くなりすればいいし、電話や電子メールもある」

アリさんは裁判後に、傍聴に来てくれた人たちの前でこう語った。

「こういう結果になるとは信じられない。今回は自信があった……残念ですね。ここまで差別するというのは、信じられない。これからの生活はどうなるのか……。次は控訴の結果を待つしかない。控訴してもダメだと思うけど……。これからもみなさん応援お願いします」

アリさんの目は悲しそうだった。これほど迫害や危険の証拠を出しているのに、裁判官はすべて無視したのも同然だ。とても公平さがあるとは思えず、日本の司法に疑問を禁じ得ない。

どうして日本政府は、こうまでして意固地にアリさんの在留を認めてくれないのか。日本で幸せに生きることに、いったい何の不都合があるというのか。後は高裁で闘うことになる。いったい、いつまでアリさんは闘い続ければいいのだろうか。

<文・写真/織田朝日>

【織田朝日】

おだあさひ●Twitter ID:@freeasahi。外国人支援団体「編む夢企画」主宰。『となりの難民――日本が認めない99%の人たちのSOS』(旬報社)を11月1日に上梓