新型コロナウイルスによる肺炎のため3月29日に亡くなったタレント・志村けんさん(享年70)の地元の東京・東村山市議会は25日、志村さんを名誉市民に選定する議案に同意した。議場で開かれた顕彰式では、兄の知之さん(73)が代理で受け取った。式後には知之さんの提案で、志村さんの代名詞でもあるギャグ「アイーン」ポーズを渡部尚市長(58)と議員全員で決めた。
午前10時から開かれた市議会で、志村さんへの名誉市民授与の議案が審議にかけられた。知之さんが弟の遺影を抱えながら見守る中、全会一致で志村さんへの授与が決定。議会を中断し行われたセレモニーには、知之さんら遺族4人が招かれ、渡部市長から称号記と花束が手渡された。
2014年、東村山の市制施行50周年を記念して、志村さんに名誉市民授与の構想があったが、志村さん自身のシャイな性格と、当時志村さんが東村山市に居住していなかったことから、提案は断られていた。今回は志村さんの遺骨が市内に埋葬されたこともあり、遺族が了承。7年越しの授与に知之さんは、「弟が亡くなり、東村山に帰ってきたので、名誉市民のお話を受けてもいいだろうと思いました。本当に光栄なことで、本人に代わって厚く御礼申し上げます」と感謝した。
志村さんの墓前に名誉市民の称号記を持って行くと宣言した知之さん。「(亡くなった両親と志村さんの)3人でいろんな話をしていると思います。家族の待つお墓で称号記を見せ、弟に『一生懸命頑張った証しだぞ』と声を掛けたい」と涙を流した。
セレモニー終了間際、知之さんからまさかのサプライズ提案もあった。「皆さん、弟の代名詞である『アイーン』を全員でしていただけないでしょうか」。生前の志村さんから正しいポーズを教わったという渡部市長は快諾し、“全会一致”の決めポーズを披露。知之さんは「集会や飲み会で集まった時は『アイーン』をするのが恒例でした。議会というと神聖な場所で、やるのはどうかと思ったが、サプライズで無理を言ってやってもらって。うれしかった」と目を潤ませて喜んだ。
名誉市民の次に期待が高まるのは記念碑の設置。6月の市議会でも銅像建立が議題に挙がったが、知之さんは「遺族として見守っていきたい」。渡部市長も「今後も協議していきたい」と述べるにとどめた。
◆東村山市名誉市民 市制50年の歴史の中でこれまで2人に授与された。1991年に授与された太田芳郎氏(享年94)は世界的テニス選手。1926年に全日本ランク1位、27年にはウィンブルドン、全米に出場。30年の全仏では4回戦まで勝ち上がった。56年から68年まで市教育委員会委員長。市体育協会の創設にも尽力し、10年間会長を務めた。熊木令次氏(享年93)は67年、東村山市長に当選。16年間にわたり市政を担った。2004年に授与。