熊本県南部を襲った豪雨では多数の「災害弱者」が犠牲となり、特に自力歩行が難しい高齢者の避難の難しさが改めて浮き彫りになった。床上約80センチまで水が迫った同県芦北町の特別養護老人ホーム「五松(ごしょう)園」でも職員らが約100人の入居者を助けるために奔走。結果的に全員の命を救うことができたが、それは「奇跡が重なったにすぎない」という。新たな災害発生に備えた高齢者施設の避難対策は喫緊の課題だ。(尾崎豪一)
車いす持ち上げ…
「とにかく命を守るしかない」。近くの佐敷川などからあふれた濁流が五松園に襲いかかったのは7月4日未明。対応に当たっていた介護主任の渡辺勤さん(35)は当時の心境をこう振り返る。
施設の巡回や入所者の着替えなどの業務を終えた同日午前4時ごろ、玄関に迫る濁流に気づいた。五松園には63~101歳の男女約100人が入所しており、平均年齢は86・7歳。多くが車いすや寝たきりの状態で、迅速な「垂直避難」は困難だった。119番したがつながらず、5人の当直勤務者は施設内での待機を決断した。
入居者は、女性職員2人が階段手前まで誘導、男性職員3人が持ち上げ、階段で2階に運んだ。階段にはマットを敷いて転倒しないよう細心の注意を払い、すぐに移動させることが難しい階段から離れた部屋の入所者は、電動ベッドの高さを最大まで上げて対応。避難途中で停電が発生したが、そのまま入所者の移動を続けた。
約1時間半で2階まで避難させることができたのは約90人。約10人がまだ1階に残っていたが、水位は車いすに座る入居者の胸元近くまで上がり、2階まで持ち上げることが難しくなってきていた。
ただ、幸いなことに、それ以上水位は上がらなかった。職員たちは「奇跡が重なった結果にすぎない」「あと水位が10センチ上がれば命を落とした可能性がある」と口をそろえる。
同県球磨村の特別養護老人ホーム「千寿園」では濁流に巻き込まれた入所者14人が犠牲になった。五松園の早川純一施設長(65)は「千寿園と同じ状況であればうちも無理だった」と振り返る。
ハード面の対策急務
高齢者施設では過去にも水害で多数の犠牲者が出ている。国は平成28年の台風10号で岩手県岩泉町内の川が氾濫し高齢者グループホームの入所者9人が死亡したことを受け、29年から水害発生の恐れがある地域の高齢者施設に対し、避難先や移動方法などを盛り込んだ「避難確保計画」の作成を義務づけている。
来年度末までに全対象施設での計画作成を目指しているが、今年1月時点の作成率は45%。特に熊本県は28年の熊本地震の影響で周知が遅れ、5%にとどまっている。県の担当者は「今回の豪雨を契機に最優先事項として取り組む必要がある」と話す。
ただ、千寿園も五松園も豪雨前に計画は作成されていた。早川施設長は「車いす移動の高齢者に計画通りの避難は難しい。机上の空論だった」と指摘。「特養の入所者は歩くのもままならない『災害弱者』が中心で、避難誘導には限界がある。高齢者らが施設の2階に居住するための補助など、避難しなくてもよいハード面の対策が急務だ」と訴えている。