祇園祭 コロナ禍の今こそ本来の意義に注目 厳粛な神事で「疫病退散」

コロナ禍の中、八坂神社(京都市東山区)の祇園祭が行われている。祇園祭は平安時代の貞観11(869)年から続く疫病退散の祭礼であり、新型コロナウイルスが猛威を振るう今こそ、本来の意義が注目されている。2020年は担い手や見物客の密集を避けるために神輿(みこし)の渡御と山鉾(やまほこ)巡行が見送られたが、前例のない形を模索しながら、神社と氏子の手で、例年にも増して厳粛な神事が勤められている。
祇園に生まれ育った私は、10代から30年以上にわたり「お宮の本」の氏子組織「宮本組(みやもとぐみ)」で祇園祭にご奉仕してきた。
17日は、例年なら山鉾巡行と神輿渡御の当日。20年は本殿での神事に続き、神輿に代わって榊(さかき)の神籬(ひもろぎ)に3座の神様を遷(うつ)し、白馬に載せて四条寺町の御旅所へお渡りいただく「神霊渡御」が斎行された。
午後4時、本殿に氏子を統括する「清々講社」の今西知夫幹事長と宮本組の原悟組頭、三つの神輿会の会長らが参列して、「前(さき)の祇園祭」が始まった。神輿が出ないため、神事をもって「前の祇園祭」とするのは、戦中戦後の1944~46年以来約75年ぶりだ。本来なら清々講社幹事や宮本組役員らが並ぶが、代表者に限定したのは「密」を避ける策である。森寿雄宮司が祝詞の後半で「事別(わ)きて白(もう)さく」と声を鎮め、特に厳重に「疫病(えやみ)」を払う祈りをささげられたのが印象的だった。
午後5時半、神輿庫で飾り付けられた3基の神輿の前で「遷霊の儀」が行われ、一同が低頭する中、神職が低い声で「オオーーーーー」と警蹕(けいひつ)を唱えた。15日の「宵宮祭(よいみやさい)」で本殿から神輿に遷した神様のご分霊が、これで神籬に宿ったことになる。宮本組は、通常はアルバイトを雇う触れ太鼓や高張り提灯(ちょうちん)まで組員でご奉仕し、祇園祭の実施を命じた円融天皇の「勅板」を先頭に、矛、盾、弓、矢、剣のご神宝をささげ持って神様を先導した。午後6時、南楼門から出発。境内に集まった神輿輿丁(よちょう)(担ぎ手)から自然発生的に「ホイットォホイット」の掛け声と手拍子が広がった。
祇園石段下から一直線に御旅所へと向かう道筋は、江戸時代までの神輿渡御と同じ由緒あるルートだ。沿道ではかしわ手を打って神様を拝む氏子の姿が多く、祭礼の本義に立ち返る真剣な祈りに、胸が熱くなった。【澤木政輝】