新型コロナ対策めぐる「作為的な不作為」という小池知事の罪【恐怖の小池都政 知事から“クビ宣告”の元都庁OB幹部が語る】

【恐怖の小池都政 知事から“クビ宣告”の元都庁OB幹部が語る】#3

「東京都の新型コロナウイルスの新規感染者数は操作されているのではないか?」

ここ2か月ほど、様々なメディアの記者から同じ質問を投げかけられる。確かに、これまでの経緯を振り返ると不可解なことが多すぎる。世上よく指摘されるのは、オリンピックが延期された途端に東京都の感染者が増加したことだ。

2月、日本も東京も新型コロナは対岸の火事程度の受け止めだった。それよりも中国・ヨーロッパでの感染拡大の影響で、半年後に迫った東京オリンピック・パラリンピックがどうなるかに注目が集まっていた。この時期、マスコミへの露出をこよなく愛する小池知事はなぜか表に出ることが少なく、国、組織委員会の存在が目立った。オリンピックありきの操作疑惑がここにあった。

次は自粛要請解除後の動きである。当初、都庁が発表したロードマップでは、ステップ1から3までを慎重に踏んでいくはずだった。ステップごとに2週間をかけると説明していたが、大阪や神奈川が一気に経済再開に舵を切ったのを見て慌てたのか、ステップをバタバタと飛ばして自粛のタガを瞬く間に緩めた。

おまけに、小池知事好みの東京アラートも「意味がない」との指摘がお気に召さなかったのか、早々に店じまいしてしまった。個人的には、赤くライトアップされたおどろおどろしい都庁舎は嫌いじゃなかったのだが……。

ステップ1・2・3も東京アラートも、都知事選の約1か月前の出来事である。一連の流れは7月5日の投票日という政治的なスケジュールから逆算されたものだったのではないか。都知事選ありきの構図は3年前の都議選直前の市場移転問題の状況とも見事にダブる。選挙に勝つためにどうすべきか、小池知事の頭にはそれしかなかったように感じる。コロナ対策としてではなく選挙対策として日程が組まれていたと考えれば納得がいくというものである。

■「Go To」事業でもヒロインを演じ続ける狡猾

問題なのは都知事選の期間中、小池知事がコロナ対策もほとんどしなかったことだ。日々の感染者数が10、20、50と右肩上がりになっても、小池知事は「感染者の大半は若者なので心配ない」「ベッドは埋まっていない」というだけで具体的な手を打たなかった。

今、見ている数字は2週間前の姿だということはこれまでさんざん指摘されてきたことだ。だからこそ、2週間後を推測して対策を講じるべき時、「夜の街」は危ないが、それ以外はあたかも安全だ――と言い放つのは危機管理の体をなしていない。

感染者数が100、200にならないようにするには、6月下旬から7月初旬の段階(つまり都知事選挙の期間)で何らかの手立てを講じなければいけなかったのだ。

もし、小池知事がこの重大局面で都民の生命・健康と引き換えに政治的駆け引きにうつつを抜かしていたとすれば、小池知事の「作為的な不作為の罪」は極めて重いと言わざるを得ない。

政府の支援事業「Go Toキャンペーン」を巡る国と東京都との対立も論点がどこかズレている。東京都が感染者増加の兆候を放置したことにこそ問題の本質があるのに、批判の矢はもっぱらキャンペーンを前倒した国の体たらくに向けられている。だが、東京の感染者急増を招いたのは、2週間後の感染者急増を見越して有効な対策を打たなかった東京都の責任ではないのか。

事実、軽症者・無症状者を受け入れるホテルの契約が一部6月末で切れていたのだが、こんなところにも読みの甘さ、危機意識の低さが露呈しているのだ。そして小池知事はちょうどそのころ、自粛要請をすべきとの質問に「国が緊急事態宣言を出したら検討する」と責任回避に余念がなかった。

国の度重なる失策に助けられ、小池知事は国に東京外しの意地悪をされても頑張るヒロインをまんまと演じ続けている。敵を作り出しそれに立ち向かう姿を都民・国民にアピールする詐術がここでも遺憾なく発揮されているのだ。

小池知事のマジック、恐るべし。だが、もういい加減、騙されるのはやめにしたい。=つづく

▽さわ・あきら 1958年、長崎生まれ。一橋大学経済学部卒、1986年、東京都庁入都。総務局人事部人事課長、知事本局計画調整部長、中央卸売市場次長、選挙管理委員会事務局長などを歴任。現在、(公)東京都環境公社理事長。3月に「築地と豊洲」(都政新報社)を上梓。