嘱託殺人「主治医なら『死』選ばない」訪問診療でALS患者受け持った医師

ALS(筋萎縮性側索硬化症)の女性患者に薬物を投与し殺害したとして、嘱託殺人容疑で医師2人が逮捕された事件。医療や介護が必要になっても住み慣れたところで最後まで暮らせる地域づくりに取り組む、長野県上田市の井(い)益雄医師(68)は、「主治医ではない人間が『患者と自分の考えが一致したから』と、患者の意見だけを聞き入れており、非常に短絡的だ」と断じた。
井医師は以前、訪問診療で40代前半のALS女性患者を受け持った。高校生と中学生の子供と夫がいた女性は人工呼吸器が必要な状況になったとき、「もういい。ここで終わりにしたい」と、延命措置を拒否。井医師はその意志を尊重したいと思ったが、夫は「頭がはっきりしていて意思疎通もできる以上、どんな形でも生きていてほしい」と主張し、夫婦の意見は真っ向から対立した。
家族や関係者とも話し合いを重ねた末に、女性は延命措置を受け入れた。
人工呼吸器の装着後は入院。2年ほど命を長らえたが、夫によると「こんな状態で、もう生きたくない」と死を望むような発言もあったという。井医師は「延命措置が正しい判断だったのかは今でも分からない」と迷いを吐露する。
一方で、主治医ではない人間が対価を受け取って犯行に及んだ今回の事件は、これまでの「安楽死」をめぐる事件と比べても「極めて異質だ」と断じた。治療をめぐる選択の主体は患者に加えて家族や介護者であり、どのように最期を迎えたいかを話し合う過程が必須だからだ。
女性が会員制交流サイト(SNS)で知り合った医師に殺害を頼んだことには、「孤独で、精神的に追いつめられていたんだろう」と心情をおもんぱかった。ただ、女性は死期が迫った状態ではなかったことから、「医師はどれだけ患者が苦しんでいても、よりよく生きるための手立てを一緒に考える。主治医なら、『死』という選択肢は選ばないだろう」と、逮捕された2容疑者の行為を非難した。
薬物投与などで患者の死期を早める「安楽死(積極的安楽死)」は、国内では基本的に認められていない。東海大医学部付属病院で平成3年に起きた事件の横浜地裁判決で、例外的に認められる4要件が示されたが、井医師は今回の事件については「問題外」と指摘。ただ、「病気で苦しんでいる患者さん、ご家族は日本中にたくさんいる。二度とこうした事例が起こらないようにするためにも、議論は深めるべきではないか」と話した。(小川恵理子)

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