SNSで繋がる?覚せい剤をやめられない妊婦の証言<薬物裁判556日傍聴記>

新型コロナ禍により覚せい剤業者が潤っているらしいという噂を聞いた。ステイホーム中にやることがなく、薬に耽溺する人間が増えたとか。“薬局”(覚せい剤業者の隠語)がコロナ禍に流行るとは、なかなか皮肉な話だ。

556日、薬物事案の裁判を傍聴した斉藤総一さんの記録のなかから今回紹介するのも、覚せい剤取締法違反のケースだ。被告の奥百香(おくももか・仮名)は妊婦で、「お腹が大きく、ふにゃふにゃしてロレツがまわっていない口調で裁判官に答えていたのがとても印象的だった」という。曰く、「かなり異常だった」と。被告(あるいは覚せい剤)のどこが異常なのか。この傍聴でその一端が垣間見えるだろう。

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※プライバシー保護の観点から氏名や住所などはすべて変更しております。

最初に検察官による起訴状の朗読から。

検察官「公訴事実。被告人は法廷の除外事由がないのに平成28年3月上旬頃から、同月15日までの間、東京都内または、その周辺において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩類、若干量を自己の体内に摂取し、もって覚せい剤を使用したものである。罪名および罰条、覚せい剤取締法違反、同法第41条の3第1項1号19条。以上です」

そっけないというか、まさに事実を羅列しただけの検察官の読み上げです。被告もこの公訴事実について間違いないと言います。次は証拠調べに目を向けましょう。被告の生い立ちが見えてきます。

検察官「検察官が証拠によって証明しようとする事実は次のとおりです。被告人は埼玉県で出生し、中学卒業後、職を転々としながら犯行当時は無職で生活保護を受給しており、住居地にて単身で居住していました。

被告人には前歴3件、うち同種前歴が1件、と前科2犯。平成23年6月8日に言い渡し、東京地方裁判所、大麻取締法違反で懲役6カ月、3年間の執行猶予。これについては、平成24年1月16日に執行猶予が取り消されており、平成24年10月3日に、刑の執行を終了しています。

次に平成24年12月12日言い渡し、東京地方裁判所、覚せい剤取締法違反で懲役1年4ヶ月、平成26年4月3日に刑の執行を終了しています。第2に犯行状況等ですが、被告人は交際相手であった、肱岡(ひじおか)恒明とともに、覚せい剤を使用していました。犯行状況は公訴事実記載のとおりであります。

第3として、その他情状等。以上の事実を立証するため、証拠等、関係カード記載の各証拠を請求します。以上です」

これについて、弁護人はいずれの証拠についても同意しています。では、一体当事者の被告はどう考えているのか。ここからは被告人質問を紹介しましょう。

以下、生々しいやり取りが続きます。うがった見方をすれば、被告は「お涙頂戴」の展開へ持ち込もうとしているのでしょうが、浮き彫りになる実態は薬物でグダグダになった救いのない日々でした。

◆覚せい剤を使うきっかけになった元夫と…

裁判官「これから被告人質問をおこないます。被告人は証言台に出て、椅子に座ってください。では弁護人お願いします」
裁判官「妊娠していらっしゃるの?」
被告人「はい」
裁判官「しんどかったら言ってくださいね」
被告人「ありがとうございます」
裁判官「では弁護人からお願いします」
弁護人「はい。あなたは北区から障害者手帳の交付を受けていますよね? どういう症状で受けることになったんですか?」
被告人「発達障害、ADHD、躁鬱、不眠、パニック障害です。通院は毎日しています」
弁護人「薬はどんな薬を処方されていました?」
被告人「安定剤と睡眠薬」
弁護人「ところであなたは捜査段階では、覚せい剤を使用していないと否認していたのは何でですか?」
被告人「お腹にいる子供と施設にいる子供のことを考えると、言いたくても言えなかったです」
弁護人「施設にいるっていう話しがあったんだけど、それは児童相談所のこと?」
被告人「はい。そうです」
弁護人「保護されているお子さんを返してくれないんじゃないかと心配して?」
被告人「毎週1回は面会で会いに行って、自分なりに頑張っていたんで、そういうときに……」
弁護人「保護されているお子さんは、前のご主人の“坂田さん”との間のお子さんですよね? 何歳ですか?」
被告人「0歳です。平成27年9月16日生まれです」
弁護人「坂田さんとなんだけども、平成27年4月に再婚したようなんだけども、前回の裁判のあと離婚しましたよね? 再婚するっていうふうになったのはどうしてですか?」
被告人「お腹に子供ができてしまったためです」
弁護人「あのね、前回の裁判で、坂田さんが、あなたが覚せい剤を使うことになったきっかけになった人だったから、覚せい剤をやめるためには、坂田さんとは離婚するっていうふうに言っていたよね? で、その坂田さんと何でまた再婚することになったの?」
被告人「フェイスブックを通じで連絡するようになりました」

◆子どものためにも覚せい剤を止めたい

弁護人「坂田さんと再婚すると、また覚せい剤を使うんじゃないかという心配はなかった?」
被告人「その時は、元旦那はやっていなかったんですよ。ずっと1年近く。これで大丈夫だろうと思って一緒にいました」
弁護人「覚せい剤を使わないと約束してくれたの?」
被告人「はい」
弁護人「坂田さんとのお子さんが、児童相談所に保護されたのは、どうしてだったんですか?」
被告人「3人でいて、子供が寝ていたから、コンビニにタバコを買いにいって、外でタバコを吸って1時間くらいボケーっとしていたんですよ。で帰ったら育児放棄だっていって。ちょうど子供が『ミルクミルク』と泣いていたんですよ。そしたら育児放棄だって」
弁護人「ということで、坂田さんが児童相談所に電話したの?」
被告人「はい」
弁護人「そのあと、お子さんはずっと保護された状態なの?」
被告人「1度返してもらったけど、また保護されてしまった」
弁護人「それはどうしてなの?」
被告人「夫婦喧嘩が原因で」
弁護人「今回また覚せい剤に手を出してしまったのは、どうしてなんですか?」
被告人「なんで自分の子供を、暴力も何もしていないのに、相談所に連れて行くのかなと思って」
弁護人「お子さんを取られた気分になって、寂しくなってということかな?」
被告人「はい」
弁護人「ただね、そんなことをしたら余計にね……?」
被告人「わかってます」
弁護人「今回ね、最初の捜査段階では否認していたけど、認めたのはなんでですか?」
被告人「うそつくのが嫌だった(涙)」
弁護人「お子さんのためにも覚せい剤をやめたいと?」
被告人「それが1番です(涙)」
弁護人「2度と覚せい剤に手を出さないと誓えますか?」
被告人「はい。信用されないと思うけど」
弁護人「あなたの周りには、覚せい剤の関係者が結構いるようなんだけど、その点についてはどうしていくつもりですか?」
被告人「連絡を取らないようにします」
弁護人「こんど覚せい剤を勧めてくる人に会ったらどうしますか?」
被告人「すぐ警察に通報します」
弁護人「わかりました。以上です」

お腹に新しい命を宿し、さらに0歳の幼子がいる母が涙ながらに語っている言葉と聞けば、普通ならそれだけで無条件に傾聴に値すると思えそうなものですが、被告の言葉は率直に気分が悪くなるようなものです。

◆呆れて言葉もでないようなやり取り

今度は検察官の被告人質問。こちらも同様に、呆れて言葉もでないようなやり取りが続きます。

検察官「いま妊娠中ということですけど、差し支えなければ妊娠何カ月ですか?」
被告人「4カ月。もう少しで5カ月です」
検察官「いつ気づきましたか?」
被告人「すぐ気づきました。1カ月っていうか生理来ないなって思った、その日。すぐ気づきました。1カ月しないうちに」
検察官「いまは7月なので、3月くらいには気づいていたんですか?」
被告人「はい」
検察官「今回覚せい剤使っていた状況について確認させてください。使い方はあぶりですか? 注射ですか?」
被告人「注射器です」
検察官「あなたが最後に使ったのは平成28年3月上旬ころからと書いてありますが、それはいつですか?」
被告人「3月上旬です」
検察官「1人で使ったんですか? 誰ですか?」
被告人「肱岡(交際相手)です」
検察官「使った覚せい剤は誰の覚せい剤?」
被告人「肱岡です」
検察官「やめられませんか?」
被告人「やめようと思えば全然やめられます」
検察官「これまでやめようと思いながら、結局やめられなかった原因はなんだったんですか?」
被告人「人付き合いです」
検察官「今後やめるためには、自分のこれまでの人付き合いを一新するということですか?」
被告人「肱岡とは話し合いたいと思います。妊娠していることに関して」

◆なぜ覚せい剤を使う仲間がたくさんいるのか?

検察官「前回、坂田さんもそうですし、今回の逮捕時一緒に覚せい剤を使っていた肱岡さんもそうですけど、あなたとしては何で覚せい剤を使う人たちがいっぱいいるんだと思いますか?」
被告人「自分が使っているから、そういう付き合いが回ってくる。自分が引き寄せている」
検察官「服役すると形式的に絶たれると思うんです。そして出てきた段階では、物理的に覚せい剤をやる仲間って、形式的には周りに誰もいないような状態に、形式的にはなっていると思うんだけど、どういうことがきっかけで、また集まってくるの?」
被告人「フェイスブックとか、携帯でつながってSNSとかで」
検察官「で、あなたとしては今後人間関係を絶つために、どういうことをしたらいいと思いますか?」
被告人「電話帳にも残しておかない。電話帳にあると夜中に薬飲んで、変なふうになって電話しちゃうんで、着信拒否して、電話番号変えたんですよ、最近」
検察官「フェイスブックとかSNSあるじゃないですか? ああいうのでも繋がっていると思うんですが、ああいったアカウントも削除しようとは思いませんか?」
被告人「削除の仕方がわからない」
検察官「わかれば消しますか?」
被告人「フェイスブックですか? 普通の友達とも付き合いがあるから……。みんながみんな悪い奴らじゃなくて、中学校からの友達とかもいるから……」
検察官「名前を言えるかどうかは別としてなんですが、いま話しがでた坂田さん、当時交際していた肱岡さん以外に覚せい剤とつながっている友人はまわりにいますか?」
被告人「いますけど、私は仲悪いです」
検察官「その人たちとも2度と会わないということでいいですか? 例えば、あなたがやめようとしていて、それをサポートしてくれるような団体とか、病院とか、ダルク……」
被告人「肱岡恒明とダルクに行く約束をしました。でも肱岡恒明も更生しようと頑張っているじゃないですか? お腹の子もいるし、できればちゃんと同じ屋根の下でやっていきたいと思っています」
検察官「これまでの服役経験のなかで、何かしらのプログラムを刑務所内で受けたことはありますか?」
被告人「はい」
検察官「それなのに、また覚せい剤に手を出してしまったのはなんですか??」
被告人「外にいたから。刑務所の外にいたから」
検察官「今後早かれ遅かれ社会復帰すると思うんですけど、今後はどうするつもりですか?」
被告人「お腹の子供がいるんで、自分よりも大事にしたいし、この子だけじゃなくて、児童相談所にいる子供を取り返すために頑張りたいと思います」
検察官「お子さんと生活していくために何をしたらいいと思います?」
被告人「今までは自分勝手に生きていきましたけど、普通に生きたいです。肱岡は仕事にちゃんと行って、私は子育てして家事をしてという普通の家庭。肱岡もそういうようなこと言っていたんですよ」
検察官「そういうような状況になれるように頑張っていきたいということなんですか?」
被告人「はい」

……。本人は反省の弁を述べているつもりなのかもしれませんが、傍目には本質的な問題を棚上げした言い訳を延々と続いている印象しか受けません。夫婦喧嘩がきっかけで児童相談所に子供が引き取られたり、そういった後先を考えない幼稚な内容の争いを聞いていると、覚せい剤に手を出してしまった時点で普通の暮らしは今後できないのかもしれないとも思えてきます。

被告人の付き合う男はみんな覚せい剤使用者で、男が好きというより、男が持っている覚せい剤が好きなのだろうと考える方が自然な発言です。判決は以下。

主文。被告人を懲役2年に処する。未決勾留日数10日間をその刑に算入する。

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被告は累犯であり、この実刑判決は当然のように思える。本法廷内で被告が本当に反省していると思っているのは、おそらく誰もいない。覚せい剤はやはり「ダメ、絶対」と痛感する裁判記録だ。

<取材・文/斉藤総一 構成/山田文大 イラスト/西舘亜矢子>

【斉藤総一】
自然食品の営業マン。妻と子と暮らす、ごく普通の36歳。温泉めぐりの趣味が高じて、アイスランドに行くほど凝り性の一面を持つ。ある日、寝耳に水のガサ入れを受けてから一念発起し、営業を言い訳に全国津々浦々の裁判所に薬物事案の裁判に計556日通いつめ、法廷劇の模様全文を書き残す

―[薬物裁判556日傍聴記]―