発生から1カ月がたった九州豪雨で犠牲になった熊本県八代市坂本町坂本の坂中貞雄さん(93)が愛用していた腕時計が、今も時を刻み続けている。球磨川の濁流に襲われ浸水した自宅で見つかったが、泥の中に埋もれても壊れることはなかった。長男達也さん(61)=同市=は「形見として、大切な時に使い続けたい」と語る。
達也さんによると、貞雄さんは市内の製紙会社に勤め、地元の区長を務めるなど、住民からも慕われていた。十数年前に妻に先立たれてからは、1人暮らしをしていた。約3年前に太ももの骨を折る大けがをし、リハビリで歩けるようになったがつえが欠かせなくなった。家族は施設への入所を勧めたが、妻が生まれ育った坂本地区を離れることを拒み続けた。
7月4日朝、球磨川の増水を知った達也さんや達也さんの姉たちは、球磨川沿いで暮らす父の自宅や携帯電話に何度も電話をかけたが、応答がなかった。「近所の人は皆、高台の寺に避難しているらしい」と聞き「父もきっとその中にいる」と望みをかけた。だが思いもむなしく、水が引いた後、天井まで浸水した自宅の中から変わり果てた姿の貞雄さんが見つかった。
達也さんは「足が悪かったから逃げ遅れたのかもしれない。今となっては『施設へ引っ張っていけばよかった』とも言われるが、無理に施設に入れて生きる気力を失うのが怖かった」と悔やむ。
達也さんの職場の同僚らにも片付けを手伝ってもらって見つかった遺品は、腕時計の他に毎年買っていた市民手帳3冊と若い頃に趣味で吹いていたハーモニカなど数点。壁掛け時計は水につかった時刻とみられる(午前)6時45分ごろで止まっていたが、腕時計は泥を拭うときれいになった。いつ使い始めたのかは分からないが誰かからの贈り物らしく、出かける際はいつも腕に着けていた。まだ湿った手帳には孫の誕生日や予定、日々の買い物金額などが書き留められていた。
亡くなる前日で時が止まった手帳と、今も時を刻む腕時計。その両方を達也さんは位牌(いはい)の前に並べた。「さみしさを感じる間もなかったが、1カ月たち、片付けが一段落した今の方がよほどさみしさを感じる。父が生きた証しを残したい」【成松秋穂】