京都府宮津市の名勝・天橋立に架かる廻旋橋下の水路を無謀な運転の水上バイクが往来している-。京都新聞社の双方向型報道「読者に応える」のLINEに声が届いた。天橋立周辺では住民や観光事業者から騒音や波しぶきに関する苦情が相次ぎ、船を運航する事業者や漁師らも安全面を懸念する。これを受けて京都府や市などが今夏、自主ルールを定めたが、法的拘束力はなく効果は未知数だ。 ■波穏やかで走行しやすく、目立てる? 遠くから聞こえるエンジン音は、次第に「爆音」に変わる。水路のカーブから緑、オレンジ色のカラフルな水上バイクが現れた。
7月下旬の休日、天橋立の廻旋橋下を流れる「文珠水道」。橋を行き交う大勢の観光客が驚いて目を向けると、バイクは水しぶきを上げながら足もとを疾走、水面に大きな波が残った。
文珠水道は天橋立の南側を通り、宮津湾と阿蘇海をつなぐ。観光船やニッケル工場への運搬船、漁船などさまざまな船の通航路であり、水路南側には旅館や飲食店の建物が並ぶ。
「騒音と水しぶきに30年悩まされてきた。本当に迷惑している」。水路沿いの旅館の経営者はうんざりとした様子でこう話す。
休日や観光シーズンは昼夜を問わず、エンジンの爆音が響く。高速走行による波や水しぶきが敷地内に入ってくることもあったという。「『静かな場所だと聞いて来たのに残念』という宿泊客もいる。閑静な観光地にはふさわしくない」と憤りは収まらない。
宮津湾で操業する漁師福井寿夫さん(71)も「バイクはどこでどう動くか分からない。高速で近くを通られると怖い」と漏らす。
水上バイクは全長3~4メートルで、2、3人乗り。最高時速は80キロにもなり、運転するには、特殊小型船舶操縦士の免許が必要だ。
なぜ、多くのバイクが文珠水道を走るのか。
宮津市にあるマリーナの責任者で、自らも水上バイクなどプレジャーボートを操縦する男性(36)によると、文珠水道は波が穏やかで走行しやすい上、操縦士も廻旋橋や智恩寺などの名所を走行しながら楽しめる。また、周辺を散策する観光客も多いためより目立つといい、「絶好のスポットなのではないか」と推測する。
マリンスポーツとしても人気の水上バイクだが、事故も多い。海上保安庁によると、昨年までの3年間で全国で219件発生。文珠水道では2018年7月、水上バイクが観光船と衝突する事故があった。今年も府北部では、8月19日時点で水上バイクによる人身事故が4件あり、ロープに巻き込まれて腕を切断する事故も起きている。
■府と宮津市、罰則付き規制は「困難」 府内の海水浴場では14年、「府遊泳者及びプレジャーボートの事故の防止等に関する条例」で、遊泳区域への船舶などの進入が禁止された。水上バイクなどが海水浴客の近くを航行することによる接触事故を避けることが狙いだった。
危険な走行をする水上バイクに対し、宮津海上保安署も、法律の定める遵守事項に基づき安全指導を行ってきた。遵守事項には酒酔い操縦や人に危険を及ぼす操縦の禁止などがあり、違反者には免許停止などの行政処分が科される。一方で、罰金などの刑事処分が科されないことに加え、同署管内での昨年の違反件数は0件で、文珠水道の無謀な走行への抑止力にはなっていない実情がある。
文珠水道の走行に対する多くの苦情を受け、府丹後広域振興局などは昨秋から対策協議会の立ち上げを検討。今年6月、自治会や観光関係者などとともに「天橋立海面利用安全対策協議会」を設立し、7月に自主ルールを定めた。それによると、文珠水道や天橋立周辺の沿岸50メートル以内では、波を立てないよう時速8キロ以下で徐行することを決め、エンジンを吹かさないことなどを遵守事項とした。
現在は、同協議会のメンバーが周知活動に取り組む。宮津署などとも連携し、文珠水道付近で啓発活動を行ったほか、地元の8事業者に対してもルールの遵守を求めた。
民間の「マリントピアマリーナ」(宮津市日置)も、水上バイクなどの利用者が出航する際には規制エリアの地図を渡したり、天橋立付近には近づかないよう伝えるなど、ルールに基づく対応を行っている。
一方で罰則のある条例化については、行政の腰は重い。宮津市は「天橋立は府立の公園。条例化はできるが、市が海面や護岸を管理しておらず難しい」。府は今後、取り組みを進めて実態や効果を把握する必要があるとした上で、「海は自由航行が基本。禁止するには『事故が絶えない』など相当の理由が必要になる。被害や迷惑行為が頻繁にあるならば条例化もありうるが、水上バイクのみの規制は水路利用の公平性の観点から困難」という。
■琵琶湖では条例化「一定の効果」 水上バイクのマナー問題を巡っては、滋賀県の琵琶湖でも30年ほど前から、騒音や引き波が問題となり、地域住民や漁業者から苦情が相次いでいた。県は02年にプレジャーボートなどによる生活環境や自然環境への負荷を軽減しようと「琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例」を制定した。
水上バイクの騒音の程度や水鳥などへの影響を調査し、航行禁止区域を設定。県職員などが指導監視を行い、違反者には罰則を科す。03年に117件あった苦情件数は14年には11件に減少しており、県琵琶湖保全再生課は「完全に迷惑行為が無くなったわけではないが、ある程度の効果はあると認識している」と語る。
天橋立と同じく、日本三景の宮島(広島県廿日市市)。ここでも10年以上前から、世界遺産・厳島神社の大鳥居の下を水上バイクで通るなどといった問題があった。
製造販売業者などでつくるNPO法人「パーソナルウォータークラフト安全協会」中国地方本部・広島支部は以前からパトロールに取り組んできたが、啓発を浸透させるため昨年、同支部を中心に大鳥居付近でのアイドリング航行・停泊禁止などを定めた自主ルールを決めた。本殿前の進入禁止や、沿岸から100メートルの海域での時速8キロ以下の徐行も盛り込んだ。
宮島観光協会によると、昨年から大鳥居近辺を航行する水上バイクは見かけなくなったといい「神域での無造作な航行にいい感じはしない。ルールが浸透して良い方向に向かっているのではないか」と話す。同広島支部の米田哲男支部長は「マナーが悪いとして全国で使える場所が減っている。県外から来た人にルールを守ってもらうためにも、声を掛け続けたい」と話した。