元刑事、慰霊の木像2万体彫り続け 東日本大震災から9年半

東日本大震災で犠牲になった約2万人を慰霊するため、同じ数の木像を彫り続けた宮城県警の元刑事がいる。「あなたたちの命を忘れることはありません」。震災で失われた尊い命に思いをはせ、日々、木像に語りかける。そして、これからも彫刻刀を手に、木に向き合い続ける。
母が子供を包み込むように抱いている。
犠牲者の魂を鎮めるように合掌している。
我流で彫り進めてきた木像が、ほの暗い土間に並ぶ。天井まで届くほどに。
宮城県角田市の大沼敏修(としのぶ)さん(70)。今年4月、当時判明していた死者・行方不明者・関連死者数と同じ2万2167体目の木像を彫りあげた。どの像も、大沼さんが犠牲者に向ける慈しみをたたえている。
県警では殺人事件などの捜査を手がける刑事畑が長かった。事件の被害者の冥福を祈るため、木像を彫り始めた。震災前年の平成22年、県警を定年退職した。
内陸部にあった自宅は、あの日の被害を免れた。
「もし、現職だったら津波が襲った現場に臨場していたかもしれない。自分の命もどうなっていたか分からない」
震災直後。気がつけば、手の中に木があった。そして、刃を走らせていた。
「いてもたってもいられなかった。犠牲者の魂を鎮めることが生かされた者の務め」と振り返る。
目標は3千体。そう定めていた。平成27年12月。大沼さんの木像を見たある女性から、こう尋ねられた。
「関連死を含めた2万人分を彫らないのですか」
福島県の女性だった。娘が津波にのまれ、行方不明になっていた。
「どうか娘の分まで」
訴えるような女性の表情が忘れられず、ひたすら彫り進めた。
昨年10月の台風19号では庭に飾っていた木像約40体が濁流で流された。一体一体、泥の中を探し、取り戻した。新型コロナウイルスの感染拡大の中、「自分がコロナで倒れる前に」と制作のペースを上げた。
「公表されている震災関連死の人数には表れていない死者もあるはず」。その手はまだ、止まることはない。
大沼さんの木像は、海を渡り、米ニューヨークでも犠牲者を癒やしている。2001年9月11日に起きた米中枢同時テロ。「震災とテロ、犠牲のかたちは違っても、慰霊の力になればいい」。こう考えて平成29年、震災の被災地を訪れていたニューヨークの神父に木像を託した。現地では「東北のマリア」と呼ばれている。神父とは、いまも手紙のやり取りが続く。
長年彫り続けたことで、腕に痛みがある。
それでも。大沼さんはその腕に力を込める。
「命の重さ、尊さに第一線で向き合う刑事だった経験もあり、(木像作りを)続けることができた。犠牲者の魂を鎮めるため、まだまだ続けますよ」(塔野岡剛)