カーテンが翻り、部屋に明るい光が差し込む-そんな平和そのものの光景が、見る者の背筋を凍らせる映画をほかに知らない。昭和55(1980)年に公開された「震える舌」(原作・三木卓、監督・野村芳太郎)の一場面だ。
実話に基づき、破傷風に侵された幼女の壮絶な戦いをつづったこの映画は、ややホラーチックな面は強いが、感染症の恐ろしさを余さず伝えている。
映画では、痙攣(けいれん)によって骨が折れんばかりに背中が弓なりとなり、舌をかみちぎるほど歯を食いしばるため、すべての歯を抜かざるを得ないなど、激烈な発作の様子が描かれる。わずかな光刺激や人の笑い声まで筋肉発作の引き金になり、カーテンの隙間から漏れる日光さえも命取りとなりかねない-重症化すれば人生を破壊する、それが破傷風という病だ。
熊本県の豪雨被害を受けて今年7月、地元の小学生たちがボランティアで片づけをする様子が新聞などで報じられた。
その一見“尊く見えてしまう”写真を目にした瞬間、私は恐怖のあまり静止した。児童が半袖・半ズボン姿で泥の中に手足を突っ込んでいたからだ。
「震える舌」は、泥水で遊んでいた少女が、落ちていた釘(くぎ)で指をケガするところから始まる。壊れた家屋の釘、流入した泥の中には、必ず破傷風菌がいるといっていい。
乳幼児期に混合ワクチンを接種済みの子もいるだろうが、怖いのは破傷風菌だけではない。大雨、洪水後の汚泥には糞尿や多くの有害物質が含まれ、その中で作業にあたることは、大人でも危険が伴う。
加えて、この新型コロナ渦の中だ。免疫力が弱く、まだ自分では判断も拒絶もできない児童・生徒に無防備な格好で奉仕作業させることを、決して“美談”にしてはならない。
台風シーズンを迎え、水害発生の危険が各地で高まっている。だからこそ今、各メディアに提案したい。
汚泥中の有害物質や破傷風菌の危険性を伝えたうえで、紙面に大きく「こうした観点から、当社では、装備の伴わない大人はもちろん、児童・生徒が軽装で作業に従事する場合、他への影響を鑑み、取材はいたしません」と宣言するぐらいのことをしてもらえないだろうか。
どこにでも、「善意なのに」「水を差すな」と言い、“お気持ち”を優先したがる人はいる。だが、人の命と安全以上に守られるべきものなど一つもない。
もし小社の記者がこうした状況に遭遇したら、相手に「やめるべきです」と伝えさせる。差し出がましかろうが構わない。クレームなら私が受けよう。
子どもの健康より、「子どもらが奉仕する麗しい姿を見て、イイ気分になりたい」という思いのほうが大事だというのでなければ、きっと分かってもらえるはずだ。
■鈴木英里(すずき・えり) 1979年、岩手県生まれ。立教大卒。東京の出版社勤務ののち、2007年、大船渡市・陸前高田市・住田町を販売エリアとする地域紙「東海新報」社に入社。震災後、記者として9年間、被害の甚大だった陸前高田市を担当。現在、同社社長。