日本海に面して断崖と奇岩が続く漁業の村、北海道・神恵内(かもえない)。原子力発電で生じた「核のごみ」の最終処分地選定に関する住民説明会で、選定の第1段階となる文献調査の受け入れを容認する意見表明が住民から相次いだ。「迷惑施設」ともいわれる最終処分場。候補地公募に名乗り出ようという村の住民には、ふるさとへの切ない思いがある。(寺田理恵)
■「将来が描けない」
「みんな、いろいろな気持ちはあっても受け入れながら進む道を考えている」
民宿を経営する池本美紀さん(42)は容認論をこう受け止めた。人口が減り、後継者のいない商店が多く「村民は5年や10年先の将来が描けない」。最近は村外から「北海道の問題なので反対してほしい」などと電話があるという。
村で生まれ育ち、地域活性化に取り組む。コンビニもない村を「小さいながらも誇れるふるさと」と子供たちに伝えてきた。
調査を受け入れても「核のごみ」が搬入されるわけではないが、子供が村を出て「ふるさとは神恵内」と名乗ったとき、どう見られるか。風評被害を乗り越えられるか、葛藤が続く。
「受け入れた親世代を子供がどう思うか不安もある。観光地のイメージだけで暮らせないのも分かる」
■進む過疎化、活路なく
北海道の日本海沿岸は明治・大正期にニシン漁で発展し、昭和30年ごろから衰退。かつて4千人が暮らした神恵内村も人口減少に歯止めがかからず、9月30日時点で818人。この10年で27%も減った。高齢化率は約44%と高く活路が見いだせない。
商工会は9月8日、文献調査への応募検討を求める請願を村議会に提出。村議会は17日の本会議で継続審査を決め、国と原子力発電環境整備機構(NUMO)に最終処分について住民に説明するよう求めていた。
説明を聞いた50代女性も「漁業も衰退してきた。子供たちがいつでも帰れる村であってほしいが、仕事がない村に戻れともいえない。先が読めないから簡単に決められない。家族で話し合いたい」と、正解のない問いと向き合う。
■「職員は住民登録を」
「核のごみ」とは、使用済み核燃料を再処理した廃液のガラス固化体(高レベル放射性廃棄物)。製造直後には「人間が近づけば数十秒で死ぬくらい強い放射線」(NUMO)を出す。万年単位で放射能が残るため、国は地下深い岩盤に閉じ込める計画だ。
文献調査は、活断層や火山の分布などを文献やデータで調べる机上調査。受け入れ自治体には2年間で最大20億円の交付金が支払われる。第2段階に進むには知事や村長の同意が必要で、最終処分地が決まるまでに約20年かかる。
神恵内村で第1段階の調査を容認する意見が相次ぐ背景には、ふるさとを残したいという思いがあるようだ。国とNUMOが9月26~30日に開催した説明会には延べ267人が出席。「負の遺産を子供たちに残せない」などの反対意見も出た一方、「どんどん人口が減り、将来が心配」と受け入れに傾く声や賛成の表明が相次いだ。
「処分場を建設する場合、職員は住民登録をするのか」とNUMOに問う村民もいた。
■原発と共存の歴史
説明会では、隣の泊(とまり)村に北海道電力泊原発があることに言及し、「廃棄物をどうするかは考えるべきだ」などと応募に賛同する意見も目立った。
調査応募の動きが先に表面化した寿都(すっつ)町で反対意見が続出するのに対し、神恵内村で容認論が強い理由の一つには泊原発の存在があるとみられる。
昭和40年代に泊村などと原発の誘致活動を行い、泊原発が平成元年から稼働。原発立地地域への交付金を受ける。住民は原発の情報に触れる機会が多く、恩恵も受けてきた。
原発関係の仕事に従事した経験に誇りを持つ70代男性は「若者の働き口をつくりたいのでは」と請願に理解を示す一方、「反対というより心配はある。原発の仕事に就く村民は多く、声を上げにくい」と明かす。
■慎重審議求める声
明確な反対は少なくても、不安が解消されたわけではない。実家が漁業を営む20代の大学生は「SNS(会員制交流サイト)で心ないコメントが出ている。言葉一つで人が死んだり店が潰れたりする時代なので不安がある」と風評被害に懸念を示す。
請願以降の展開の速さに疑問の声も出ている。60代男性は「根回しが済んでいるように感じる。住民を置き去りにしないでほしい」とプロセスに批判的だ。
説明会最終日は、商店を営む男性が「早ければ5年以内に企業が半数以下になる。尋常ではないスピードの過疎化をとめる地域活性化案は現時点で見当たらない」と調査応募に賛成。その上で「寝耳に水だった住民が多い」と述べ、村議会に慎重な審議を要請した。
説明会終了を受け、村議会は10月2日の常任委員会で請願を審査する。高橋昌幸村長は議会の判断を尊重する意向を表明しており、議会の議論が注目される。