新総理大臣に就任し、さっそく面白い菅義偉さんですが、今度は「日本学術会議」会員の総理任命を巡って会員に推薦された6名の学者の皆さんの任命拒否をぶっ放して騒動になっております。
形式的任命でいままでずっとやってきたのが……
そもそも「日本学術会議」とは、日本の学問全分野約87万人の科学者の代表をすると標榜する機関で、政策提言や学術活動を担うネットワークづくりを目的とした総理大臣の所轄の組織です。
と言っても、この学術団体の会員は「総理が任命する」というのはいわゆる形式的任命でいままでずっとやってきたのが、突然ガースーがやってきて「お前は会員にしてやらんバーカ」とやるのは前代未聞でありまして、いちいち面白いわけであります。87万人科学者の代表と言いつつも、国から年10億円程度の予算がついているのに自分たちで会員人事をすべて握り、会員の推薦はもちろん学術会議内では選挙も行われていませんので、その澱んでいる組織のど真ん中を菅義偉さんが返り血も厭わずぶっ込んでくるというのは見ていてすごい楽しいのです。
今回問題となった宇野重規先生や加藤陽子先生など6名の学者の皆さんの会員任命拒否を巡っては、学問の自由の侵害であるとか、そもそもなんなんだこれということで、もっぱら東京新聞や朝日新聞のようないつもの面々が騒いでおられます。ご苦労なことです。ただ、ここで問題となるのは、今回会員任命拒否となった6名は必ずしも安倍政権や現菅政権に批判的な学者ではないということです。
例えば、前述の宇野先生は『保守主義とは何か 反フランス革命から現代日本まで』のような我が国の保守主義の在り方を解説・啓蒙する本なども執筆されており、いわゆる日本のリベラルなジャーナリズムとはまたちょっと違う方向性を持っておられる人物でもあります。
現代の「日本のコンスティテューション」とはなにか ~宇野重規×山本一郎対談(2) https://blogos.com/outline/185136/
ノリで「会員の任命を見送ってみるか」と決めている?
一方で、今回の任命にあたっては、宇野先生や加藤先生が除外されている割に、鳩山内閣の内閣官房参与として所信表明演説の草稿を共同執筆した劇作家・平田オリザはスルーになっております。
平田オリザさんが許されるのに、ここで言う6名が認められないというのはある意味で「ガースー的判断において、お前らの学術的価値は平田オリザ未満」と言い放ったも同然で、さすがにそれはどうなのよとみんなビックリするわけであります。
この一件を見るに、たぶん、菅さんやその周辺はあんまり日本学術会議やその周辺の物事にはたいして詳しくなく、ノリで「会員の任命を見送ってみるか」と決めてるんじゃないかと思ったりするんですよね。
中国からの影響力を排除しようという流れがある
平田オリザさんと言えば、兵庫県豊岡市で来年2021年4月の開校を予定している「国際観光芸術専門職大学(仮称)」の学長になることが決まっており、この少子化の時代に結構なカネをかけて兵庫県立の専門職大学を僻地に立てるというので、学術的な裏付けが欲しかっただけなんじゃないかと思うんですよ。平田さん以外にも、周囲から見て「えっ、この人が学術団体の会員に任命されるの?」という人物がまともな学者さんに混ざって入り込んでいて、その割に宇野先生や加藤先生といった人が排除されてしまうというのは意外です。もうこれは、菅さんがみんなに面白がってもらうためにやっているネタであるとしか思えません。
もちろん、現在はこういうアカデミックな世界に中国からの浸透が進み、どういうわけか甘利明さんが会長になって経済安全保障の対策が自民党内で進んでいます。ここの中に、大学や研究所、シンクタンクなど知識人ネットワークにおける中国からの影響力を排除しようという流れがあって、たとえ権威ある日本学術会議の会員と言えども日本の安全保障議論に真っ向から反対するような人物は容認されるべきではない的な議論があります。
自民議連が提言取りまとめ、国連ポスト確保 甘利氏「戦略的組み立てを」 https://www.sankei.com/politics/news/200827/plt2008270015-n1.html
ここで甘利さんに食い込んでいるのは多摩大学のルール形成戦略研究所という羽振りがよさそうな割にイマイチやってることがよく分からないシンクタンクにおられる國分俊史先生で、突然「ステイトクラフト論」という地政学と経済ルール作りによる国際競争の話を甘利さんがし始めたので「きっと何かを吹き込まれているんだろう」とワクワクしながら状況を監視しています。
「安倍政権の進める安保法制は違憲」と主張した人たち
そして、皆さんにも是非思い出していただきたい、2015年、当時の総理大臣安倍晋三さんの命運を賭けた「安保法制」での法案審議で紛糾した衆院特別委員会で、野党推薦の有識者として「安倍政権の進める安保法制は違憲」と主張した人たちが今回、菅さんから「任命できない」とされておるわけですね。
菅首相が学術会議の任命を拒否した6人はこんな人 安保法制、特定秘密保護法、辺野古などで政府に異論 https://www.tokyo-np.co.jp/article/59092
なぜか東京新聞では触れられていませんが、そもそも日本学術会議は2017年、突然「 軍事的安全保障研究に関する声明 」とかいうお言葉を発表。物議を醸しました。
日本学術会議は「軍事目的のための科学研究を行わない」
防衛省の外局で、自衛隊の兵器や装備の調達や研究を行う防衛装備庁が、2015年度から開始した研究費の提供制度「安全保障技術研究推進制度」を策定。これにより、日本の大学研究者のなかに、防衛装備庁からその研究費を受け取って防衛や軍事に関する研究をする人たちが出てきたわけですけれども、日本学術会議はその発足の精神からして軍事研究とは相容れないものがあります。まず、日本学術会議は1950年に「戦争を目的とする科学の研究は、絶対にこれを行わない」旨の声明を出しており、また、1967年には同じ文言を含む「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を追加しています。
時が下り、そこから50年以上の月日が経って、中国・韓国・北朝鮮を含む東アジアの安全保障の仕組みは様変わりし、毎日のように中国の艦艇が尖閣諸島に出入りし、航空自衛隊が中国機に対応するためスクランブルを繰り返している状況で日本学術会議だけが戦後硬直したかのように「軍事研究には加担しない」と言い続けることが本当に学者としての態度なのかという話はよく出るわけですよ。
また、これらの防衛施設庁への研究拒否の声明にしても、日本学術会議に関わりのある人たち全員の総意として本当にそう言っているのか疑問に思う部分もあります。事実、この声明を日本学術会議が出した後でなぜかアンケートが行われた結果、2割ぐらいの大学が「安全保障技術研究推進制度」への応募を認めたことがあると回答しています。先にも述べた通り、当たり前のことですが必ずしも日本学術会議は一枚岩ではなく、特に選挙で選ばれたわけでもない日本学術会議の代表者らが「安保法制反対」とか「防衛施設庁の研究支援に応じるべきではない」と声明を出したとしても、87万人科学者の総意というわけではまったくないのです。
「軍事的安全保障研究に関する声明」についてのアンケート結果報告 http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/gunjianzen/pdf/results.pdf
正直、安保法制にせよ軍事研究の是非にせよ、いろんな議論があるのは当然です。例えば、国際的なテロに巻き込まれたときは、日本の自衛隊や諜報組織が現地で情報収集を行えていなかった、日本人の生命や財産を守れなかったということで、駆けつけ警護や邦人救護の仕組み構築は急務だとマスコミは政府を批判する割に、それを可能にする法制・制度を検討したり、情報収集の仕組みを構築しようとすると反対されたりします。
菅さん以上にのらりくらりしている加藤勝信さん
そもそも、戦争の仕組みがいままでの兵隊と戦車のようなハード依存からどんどんソフト戦に移り、サイバー攻撃や無人機、宇宙にまで戦場が広がっていくところで「いかなる軍事技術の研究開発にも与しない」と言いながら、もともとは軍事技術であるインターネットを使わない研究団体はあるのかという話になります。
理念として戦争を繰り返さない、戦争に加担しない決意を掲げることはとても大事なことですし、戦争なんて絶対に繰り返してはいけないのは当然としても、学術団体の名のもとに、別に研究者全員の総意が取れているわけでもない団体が研究者87万人の代表であると標榜して日本の安全保障政策に提言をするというのはどういう料簡なのか、見ている側としても悩ましいものがあります。
一方で、菅義偉さんのご性格もあって、ある議論について是々非々で意見を取り入れ、意見と人格は別ということで一度批判した人たちも包容し広く議論を積み重ねるということはしない模様です。まあ確かに安保法制や防衛施設庁でのすったもんだで菅義偉さんは官房長官として真正面から問題収拾に当たったことを考えれば、批判していた人たちが総理の任命する日本学術会議の会員になるなんてとんでもない、と思ったんじゃないかと。
そこで、菅政権がこの問題について、どういう説明責任を果たすのか興味津々なのですが、新しく官房長官になった加藤勝信さんが菅さん以上にのらりくらりしていて、ひょっとして加藤さんは記者会見のあいだじゅう、実はバランスボールの上に座ってるんじゃないかと思うぐらいにゆらゆらしているのが印象的です。
そしてパンドラの箱を面白半分に全開にする菅義偉さん
日本学術会議も科学者全員の意志決定を取り付ける代弁機関というわけでもありませんので、仮に菅さんにいじわるされて会員になれなくても、学問の自由が損なわれるようなことは別になさそうで、それが嫌なら「新日本学術会議」を立ち上げたり、大仁田厚を会長に招聘して「日本学術FMW」とか三沢光晴に泉下から帰ってきてもらってリアル路線を踏襲する「日本学術ノア」などを結成すると、我が国の学術団体も活性化の一途を辿り、爆発的な論文数の拡大が実現して国際的な大学ランキングもうなぎ上りになるのではないかと思わずにはいられません。
日弁連にせよ日本学術会議にせよ、構成している人々の意見をどう集約しているのか分かりませんが、政策提言の名のもとにイデオロギー満載の政権批判や反対論を繰り返す節もあり、多事争論は良しとしつつも、もうちょっとやり方があるんじゃないかと思うんですよね。
そして、こういうパンドラの箱を面白半分に全開にする菅義偉さんの硬骨っぷりもまた見事です。菅義偉さんが「どくさいスイッチ」でも手に入れたら躊躇なく全力で高橋名人ばりの連打をしかねない恐怖感を感じさせつつも、大学や研究室などにはびこる中華浸透に対する対抗も辞さずに張り切って政権運営をしていっていただければと願っています。
(山本 一郎)