プロ野球阪神タイガースで複数の選手が相次いで新型コロナウイルスに感染したことを受けて、球団社長が辞任を表明した。選手らは内規に違反した形で複数回会食するなどしており、管理責任を問われた形だが、新型コロナへの感染を理由に組織のトップが辞任するのは異例だ。社会心理学の専門家は「コロナへの感染を過剰に批判する風潮を助長しかねない」と危惧する。(荒船清太)
親会社が怒り
「2度にわたって球界全体にご迷惑をおかけしたことは否めない」
10月9日、揚塩(あげしお)健治球団社長は記者会見でこう話し、シーズン終了後に辞任することを明らかにした。
阪神をめぐってはシーズン開幕前の3月、藤浪晋太郎投手(26)ら3選手がプロ野球選手として初めて新型コロナに感染したことが発覚。シーズン中の9月下旬には、糸原健斗内野手(27)ら5選手とスタッフ4人の感染が明らかになった。
9月19日に遠征先の名古屋市内の飲食店で、内規で定めた上限(4人)を上回る8人で選手らが会食していたことも判明。阪神は濃厚接触者を合わせて10選手の一軍選手登録を抹消、9選手を昇格させるなど対応に追われた。
こうした事態を受けて、親会社である阪急阪神ホールディングス(HD)の角和夫代表取締役グループCEOが「何らかのケジメが必要」と発言。厳しい処分を示唆していた。
阪神では平成16年、日本学生野球憲章違反であるドラフト候補への現金授与が発覚したのを受けて、球団社長が引責辞任した事例がある。ただ、ある球界関係者は今回の騒動について「選手が内規に違反したのは事実だが、球団トップが辞任するほどなのか」と疑問を呈する。
阪神球団は、平成18年に親会社だった阪神電気鉄道が阪急HDと経営統合して以降も、阪神系が球団社長に就いていた。この球界関係者は「(今回の辞任の)背景には阪神系と阪急系の争いもあるのでは」と推測した。
学校での感染でも批判
新型コロナでクラスター(感染者集団)が発生したことで謝罪に追い込まれたり、批判を浴びるケースはほかにも起きている。
立正大淞南高(松江市)では8月、サッカー部の寮を中心に生徒や教員ら100人を超える感染者が確認された。校長は「生徒の落ち度ではなく、学校としての感染症対策の不備に起因している」と謝罪したが、同校への批判が過熱し、生徒らの写真がインターネット上に無断で掲載される事態に発展した。
島根県は「人権侵犯のおそれがある」として松江地方法務局に通報。丸山達也知事が「誤解に基づく非難は許されない」と述べたほか、サッカー元日本代表の本田圭佑選手もツイッターで「コロナ感染に関して謝罪する必要なんてないよ」と学校側を擁護するメッセージを投稿した。
ラグビー部でクラスターが発生した天理大(奈良県天理市)でも、大学などに謝罪を求める電話やメールが殺到。教育実習先が同大からの学生の受け入れを一時拒否するなど、波紋が広がった。
冷静な対応を
こうしたコロナ感染をめぐる批判や謝罪について、新潟青陵大大学院の碓井真史教授(社会心理学)は「日本の『謝罪文化』がコロナの感染拡大を経て、微妙に変質し、崩れつつある」と指摘する。
碓井教授によると、日本では自分に直接の責任がない問題についても「この度はご迷惑をおかけして申し訳なかった」などと謝る傾向があるが、こうした謝罪に対しては「いえいえ、あなたのせいではありませんから」と、「許し」を与えるのが前提。
だが、コロナ禍で「謝罪は当然」という雰囲気が世の中を覆い、「マスク着用の有無など、本来なら自己の判断に委ねられるマナーも他人に要求するのが当然、という雰囲気ができてしまっている」という。
球団社長が辞任した阪神のケースについては「不安を鎮めるため、有効性の有無に関わらず、何かしらの行動を起こしたと見せるためだったのでは」と分析。その上で「(今回の辞任が)部下の感染に上司が責任を取るという、変な前例になっては困る。当初よりもコロナとの付き合い方も分かってきており、落ち着きを取り戻すべきだ」と呼び掛けている。