【維新解剖(中)】コロナ誤算「どぶ板」制約…「ふわっとした民意」つかめず

「大体分かってくれた? 聞きたいことがあれば質問してください」。大阪維新の会代表(大阪市長)の松井一郎は住民投票の告示後、街頭説明会では毎回、聴衆に大阪都構想に関する質問を求めた。「特別区間で格差ができるのか」という素朴な疑問もあったが、大半は「市営住宅がなくなると聞いた」「障害者年金は打ち切られるのか」といったデマの確認だった。
「機は熟した」と2度目の住民投票に踏み切った松井だったが、新型コロナウイルス禍は、維新の選挙強さの源泉である「どぶ板」活動を著しく制限した。「都構想の『と』の字を出しただけで市民の怒りを買う」(維新市議)と、どの党よりもハレーションを警戒し、9月まで目立った街頭活動は自粛せざるを得なかった。
コロナ対応への評価で急上昇した維新代表代行(大阪府知事)の吉村洋文の人気がプラスに働くと期待されたが、吉村は松井とともにコロナ対応を優先。告示までは徹底して党幹部としての露出を控えた。「密」を避けるため、街頭説明会の事前告知を解禁したのは最終週。だが、市民の間にはすでに、反対派が流布する真偽不明の情報や不安が蔓延(まんえん)していた。
「ふわっとした民意」
もう一つの「誤算」は、公明党との共闘だ。5年前は維新以外の全政党と対決したが、今回は政治闘争の末、公明が推進派に転向。維新は支持母体の創価学会の組織票を期待した。大阪市の有権者約220万人のうち、約17万票とみられている。前回は約1万票という僅差での否決だ。「公明さんが賛成を決めたから、大きく変わる」。維新議員の間では当初、こうした期待が膨らんだ。
だが、維新が都構想を掲げた10年前から、公明はずっと反対の立場だった。特に、前回住民投票では反対派の急先鋒(きゅうせんぽう)として、熾烈(しれつ)な戦いを繰り広げた。
急な方針転換に支持者はついていけず、創価学会員の一部には「衆院選の議席を守るための方針転換。党利党略だ」と反発する声も広がった。昨春の知事・市長のダブル選で死闘を繰り広げた政敵である維新に対する嫌悪感も強かった。
「3カ月あれば支持者に方針転換について丁寧に説明し、浸透できる」。公明府本部関係者はこうみていたが、コロナの影響で、説明会が始められたのは実質、9月から。時間不足に加え「維新に対する感情のもつれをときほぐす」(府本部幹部)ことも難航した。産経新聞が9月上旬に行った合同情勢調査では、公明支持層で都構想に賛成と答えたのはわずか26%で、反対は57・4%に上った。
危機感を募らせた公明は、党代表の山口那津男に来阪を要請。10月18日、山口は国政野党の幹部でもある松井一郎や吉村洋文とともに並び立つという異例の対応をとった。
「今日が転換点になる」。公明幹部には安堵(あんど)感さえ広がったが、予測は外れた。反対多数で否決となった1日、産経新聞などが実施した出口調査で、公明支持層で賛成したのは48・4%にとどまった。
だが、維新にとって最大の誤算は、数々の選挙で維新の味方となってきた、創設者の橋下徹がいう、無党派層からなる「ふわっとした民意」をつかめなかったことだ。
当初から「勝敗のカギを握るのはサイレントマジョリティー(物言わぬ多数派)だ」(維新府議)とみていた維新。SNSを駆使したオンライン説明会や、吉村が出演するイベントなども積極的に開いた。ただ、こうした空中戦が響いているかどうかは「全く感触がつかめなかった」(維新市議)。
関係者によると、吉村は終盤、松井と自分の2人が「優勢エリア」に入る方が良いとの考えだった。しかし、過去に都心部で無党派層を取り込んできた「成功体験」などが影響したのか、迷いながらも「反対」が多い市南部に集中的に入る戦略を選んだ。
だが、高齢化率が高く「大阪市へのノスタルジー(郷愁)が強い」(維新市議)地域では、強固な反対層を賛成に転じさせることは容易ではなかった。吉村は1日の記者会見で、険しい表情でこう振り返った。
「僕らの熱量より、大阪市を残したい市民の思いの方が強かったのだろう」(敬称略)
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