「安心のため必要」「まず生活再建を」 川辺川ダム復活、揺れる住民

「よく決断してくれた」「日本一の清流が失われる」――。7月の九州豪雨で氾濫し大きな被害をもたらした球磨川の治水対策として、熊本県の蒲島郁夫知事が出した結論は2008年に自らが「白紙撤回」した川辺川ダム計画の復活だった。県議会で19日にダム建設容認を表明した知事は、賛否を巡り長年にわたって地域を二分した「対立の歴史に決着をつける」と語ったが、流域住民の思いは複雑だ。
市街地が広範囲に浸水し、20人が死亡、約3500棟の住宅が被害を受けた人吉市。城本(しろもと)町内会の城本雄二会長(71)は「仮に完成まで10年かかるとしても、その後の安心のためにダムは必要」と知事の決断を歓迎する。
城本町は球磨川から約450メートル離れ、市の洪水ハザードマップでも町内の大半が浸水しない想定になっていた。しかし、今回の豪雨で234世帯のうち、城本さん方を含む約100世帯が床上浸水。12年前には「ダムがあってもなくても自宅は浸水しないと思っていた」と語る城本さんは豪雨後、ダムが必要だと考えるようになった。10月には被災後も町内に残った54世帯を回り、ダム建設を求める要望書への署名を提案。51世帯が賛同し、蒲島知事あてに提出した。
豪雨が発生した7月4日、避難を呼びかける防災無線で明け方目覚めた城本さんは、近くに住む高齢者に避難を呼びかけたり、車で避難所に連れて行ったりした。町内の住民の4分の1が75歳以上だ。ダムだけで被害が防げるとは考えていないが、豪雨での経験から「1人暮らしの高齢者の中には、足腰が弱かったり、軽い認知症を抱えていたりする人もいる。ダムがあれば高齢者らが避難する時間が稼げる」と考える。
一方、人吉市内のマンションで避難生活を送る球磨村の市花保さん(50)は「時間も費用もかかるダム建設より、生活再建に注力すべきだ」とダム反対の立場だ。
人吉市出身の市花さんは、自然が多い場所で子育てをしようと、30代のころ隣の球磨村に移住した。豪雨では、自宅から約100メートル離れた球磨川の支流があふれ、平屋の自宅は完全に水につかり、勤務する村内の診療所も人吉市内の実家も床上浸水した。ラフティングのプロ資格も持つ市花さんは当日、ボートによる救助活動に加わり、入所者14人が亡くなった村内の特別養護老人ホーム「千寿園(せんじゅえん)」で入所者と救助に来ていた女性計2人を助けた。
そんな経験をしてもダム建設に反対するのは、球磨川の美しい流れを守りたいという思いからだ。国土交通省が7月に公表した調査結果によると、ダム建設が予定される支流の川辺川は全国で水質が最も良好な河川の一つに14年連続で選ばれた。球磨川もアユ釣りやラフティングで人気だ。
知事は「清流を守るため」、国に「流水型」でのダム建設を求める考えを示したが、市花さんは「流水型でも下をコンクリートで固めることになる」と否定的だ。川の土砂撤去や山林保護、遊水地整備などの対策を進めれば、ダムなしでも治水は可能と主張する市花さんは「清流が失われれば川とともに暮らす人が去り、今後の豪雨でもボートを出して高齢者を救える人がいなくなる」と訴える。「地球温暖化が進む『想定外』の時代にダムで防げるとの発想が間違いだ。知事には『豪雨で家を失い、今度はダムで川を奪うのか』と言いたい」
当初予定通りの場所にダムが建設されれば、村中心部がダム湖に沈むことになる五木村の住民は再び翻弄(ほんろう)されることになる。知事の「白紙撤回」後、村は自然を生かした体験が楽しめる「アウトドアフロンティア」を掲げて観光に力を入れ、19年4月には水没予定地の川辺川沿いに宿泊施設「渓流ヴィラITSUKI」もオープンした。
普段は川の水がそのまま流れる流水型ダムになったとしても、大雨時に水がたまることには変わりない。知事は県議会で、近く五木村を訪れ「地域を翻弄してきたことへのおわびと、村の振興に向けた決意について直接伝えたい」と語った。ヴィラITSUKIの仮山常雄総支配人(55)はダムについて「賛成でも反対でもない」と断った上で「高齢化する林業や農業に続く柱が観光業だ。知事は村の観光のあり方について配慮してほしい」と訴えた。【吉川雄策】
被害軽減効果は明らか
大本照憲・熊本大教授(河川工学)の話 ダム容認は蒲島知事が住民の声を誠実に聞いた結果だ。ダムに大幅な被害軽減効果があるのは明らかだ。治水のポイントは球磨川と支流の川辺川の流量がピークになる時間をずらすことにある。同時にピークを迎えれば合流後の水位上昇が大きくなるが、ダムでピークをずらせば水位は下がる。流水型ダムにするならば、効果を最大限に発揮するため放流量を調節するゲートを設けるべきだ。水質の問題は生じないだろう。合流点より上流の球磨川沿いには広大な水田があり、遊水地に活用すればさらに安全が確保できる。堤防を遊水地に土砂が流入しない構造にして被害を最小化し、被害は流域全体で補償すべきだ。
川の環境は確実に悪化する
今本博健・京都大名誉教授(河川工学)の話 蒲島知事には11日の意見聴取で、ダムではなく河川改修や掘削、堤防補強で対応するよう求めたが伝わらなかった。非常に残念だ。流水型ダムならいいという考えはとんでもない間違いだ。流水型でも魚は遡上(そじょう)しにくくなり、一定以上の水が流れなくなることで川の環境は確実に悪化する。そもそも、ダムがあれば人吉地区の浸水面積が6割減るという国の推計が過大だ。ダムがあれば命が助かった人は、球磨川流域で亡くなった50人のうち数人とみられ、国の推計はダムを造る根拠にはなり得ない。気候変動の中、人命を守るためには避難対策で、住居などの財産を守るためには補償制度で対応すべきだ。
「流域治水」と合わせた対策を
島谷幸宏・九州大教授(河川工学)の話 貯水型のダムは環境への影響が大きい。流水型のダムにおいても環境への配慮は必須だ。魚などの生物が移動できるようダムの上流と下流の連続性を確保することや、ダムより下流の瀬や淵を維持するためにダムから流れ出る水量を適切に調節することが重要になる。気候変動が進む中では、ダムのみではなく国が進める「流域治水」と合わせた対策が不可欠だ。これまでの対策は本流が中心だったが、支流も含めた流域全体で、雨水が一気に河川に流れ込まないようにする仕組みを作る必要がある。例えば水田を活用して水をためる「田んぼダム」だ。今後のモデルケースとなるよう早急に着手してほしい。