1964年東京五輪で金メダルを獲得し、「東洋の魔女」と呼ばれたバレーボール全日本女子のエースとして活躍した井戸川絹子(いどがわ・きぬこ=旧姓・谷田)さんが4日、脳内出血のため死去した。81歳だった。大阪府池田市出身。葬儀は家族葬で執り行った。喪主は長男、賀一(よしかず)さん。
昭和14年生まれ。中学2年でバレーボールを始め、大阪・四天王寺高を卒業後、大日本紡績(現ユニチカ)貝塚工場に入社。当時としては長身の168センチの体格を生かし、エースアタッカーとして活躍した。
東京五輪を最後に現役を引退し、ママさんバレーボールチームで監督を務めるなど、普及活動を続けていた。
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産経ニュースでは11月8日から21日にかけ、13回にわたってとして、井戸川さんの話を紹介。井戸川さんは「東洋の魔女」と呼ばれた往時を振り返り、「どの試合も勝つことだけを考えていました」と語った。来夏に延期された東京五輪に臨む選手に対しては「今を一生懸命やればいい。一番は自分のために頑張ってもらいたい」との言葉を送っていた。