大雪で大量の車が立ち往生した関越自動車道では18日、懸命の除雪作業が続く一方、動けるようになった車が少しずつ、一般道に脱出した。「やっと帰れる」「早く寝たい」。解放されたドライバーらは緊迫の3日間を振り返り、疲れをにじませながらもほっとした表情を浮かべた。
新潟県南魚沼市の現場では、トラックのタイヤを隠すほどの高さで車を取り囲む雪の壁を、自衛隊員らが一つ一つシャベルで崩し、それを除去する除雪車が何度も往復した。移動可能になった車はUターンして慎重に高速の出口へ。車外でうんざりした様子で順番を待つ運転手もいた。
営業先からの帰りに巻き込まれた埼玉県熊谷市の建設会社役員落合康政さん(46)は18日午後5時ごろ、44時間ぶりに高速道路から降り「とりあえずよかった」と緊張を緩めた。同日朝、食料をもらうまで、手持ちはお土産のキムチしかなく、少しずつ雪を食べて渇きを癒したという。「とにかく寒かった。凍死しないか不安で、雪もなるべく我慢した」と振り返り、「早く寝床に入りたい。帰らず近くでホテルを探します」と疲れ切った表情で話した。
「救助が来ると聞き、涙が出た」と話すのは、地元新潟県湯沢町の会社員女性(47)。高校2年の息子を迎えに行った帰り、普段の道が通れず、わずか2区間高速に乗ったのが裏目に出た。スマートフォンの充電量やガソリンが減る中、「いつ出られるか分からず、節約しながら情報を待った」という。親子2人、車内で2晩を過ごし「本当にきつかった」と語った。
電話取材に応じた同県三条市の会社社長早川滝徳さん(46)は、除雪作業の順番が近づき「あと500メートルくらい。やっと帰れる」と声を弾ませた。同僚3人で茨城県に向かっていた富山市の会社員(33)は「マフラーが雪で詰まると危ないと聞き、交代で周りの雪をどけた。気分が落ちないようくだらない話をしゃべり続けた」と過酷な体験を振り返った。
[時事通信社]