【年の瀬 記者ノート】医療事故2歳児死亡 見えぬ真実、苦しむ遺族

「なぜ、わが子は命を落としたのか」。遺族はずっと自問自答し、答えの出ない日々に苦しんできた。平成26年、東京女子医大病院(新宿区)で鎮静剤「プロポフォール」を大量投与された当時2歳の男児が死亡した医療事故で、警視庁捜査1課が今年10月、担当の麻酔科医ら6人を業務上過失致死容疑で書類送検した。遺族は真実を知ろうと民事訴訟を起こし、捜査も節目を迎えたが、最愛の息子は戻ってこない。答え探しはまだ、続いている。
警視庁の捜査1課の担当に着任した直後、母親の女性(41)と向き合い、約2時間半、話を聞いた。
数日で退院できる「簡単な手術」のはずだった。24年夏、女性は一人息子の顎の膨らみに気付いた。診断はリンパ液がたまる良性腫瘍「リンパ管腫」。日常生活に影響はないが、幼稚園入園前に治してあげたいという親心で手術を決めた。
26年2月18日、手術は7分で終了。医師に「念のため一晩だけ」と言われ移った集中治療室(ICU)で4日間、プロポフォールを投与された。事前説明はなく、徐々に息子の顔はむくんだが、医師は「安全な薬です」というだけだった。
4日目、容体が急変した。ICUに駆け付けると、わが子は大勢の医師に囲まれていた。約3時間後。瞳孔は開き、脈もほとんどなくなった。
「脳がすでに死んでいます」。唐突に延命措置の中止を打診する医師。何が起きたのか理解できず、傷だらけの男児を抱き寄せ、自分を責めた。結婚3年後に誕生した待望の息子。抱っこが好きな甘えん坊で毎晩一緒に眠った。妹が欲しいとせがんだこともあった。
病院を問い詰め、民事訴訟も起こしたが、時間だけが過ぎ「事故がなかったことになってしまうのでは」と焦りと不安が募った。
男児が亡くなってから6年8カ月後の今年10月21日、捜査1課が医師らを書類送検する直前、取材に応じた母親は声を震わせ、病院への不信感や最愛の息子への思いを語った。
月命日前後は事故の記憶がよみがえり、激しく心が揺さぶられるという母親は「書類送検された医師らが起訴され、刑事裁判の法廷で真実が解明されることを願っています」と力を込めた。重い言葉に打ちのめさせられながら、「傷口に塩を塗り、つらい思いをさせて申し訳ない」と心の中でわびつつ、憂鬱な気持ちで帰路についた。
事件報道は今、被害者のプライバシーなどをめぐり、その在り方が問われている。捜査1課は殺人や医療事故、性犯罪など、人の命や心に重大な結果をもたらす事件を扱う。着任から3カ月間、遺族の心情を理解しようと駆け回った。対応はそれぞれだったが、共通するのは「真実を知りたい」という切なる思いだ。
なぜ、わが子は死ななければならなかったのか。どんな人物に命を奪われ、どんな最期だったのか。たとえ残酷でも、不条理な事件によって命を落とした被害者の遺族には「真実」が意味を持つかもしれない。心情に配慮しつつ、事件の核心に迫ることが、わずかでも遺族の力になると信じたい。(王美慧)

■プロポフォール 手術時の全身麻酔や術後管理時の鎮静などに使用する。副作用として気管支のけいれんや血圧低下などが報告されている。海外で子供の死亡例が報告されたのを受け、厚生労働省は平成13年、製薬会社に対し、添付文書で投与を行わない対象を示す「禁忌」項目に集中治療下での人工呼吸中の小児を明記するよう指示。法律上の罰則規定はなく、使用は医師の判断に委ねられる。21年に死亡した歌手のマイケル・ジャクソンさん=当時(50)=はプロポフォールの過剰投与が死因だったとの指摘がある。