4人の子どもたちに恵まれ、夫が経営する事業に協力して従事してきた夫婦。一見すると、経済的に安定した幸せな家族だったが、実際には家庭内に平穏はなかった。 夫は不倫に走り、妻子に暴力をふるっていたからだ。当時7、8歳だった長男の手の甲などに火のついたタバコを押しあてたり、長女を真冬のベランダに立たせたりするなどの体罰をおこなったこともあるという。 そんな夫と離婚し、離婚慰謝料などを請求すべく妻は裁判を起こした。 しかし、夫は妻の主張を否認し、不貞行為は「(妻の)誤解による憶測に過ぎない」、妻に対する暴力は「多少」おこなったことを認めつつ故意ではない、子どもたちへの暴力はしつけという意味で、「子供達のためにと思って」おこなったと主張した。 これから紹介するのは、そんな夫婦が争った裁判例(広島高裁岡山支部平成16=2004年6月18日判決)だ。裁判所は、どのように判断したのだろうか。 ●子どもたちへの体罰…「連帯責任」と称して叱ることも 高裁が認めた事実によれば、夫婦は1973年11月に結婚。夫は結婚当初から夫婦喧嘩をした際に妻に手を上げることがあったという。また、夫は子どもたちに対しても体罰をおこなっていたとされる。 夫は1985年または1986年ごろ、当時7、8歳の長男が近所の子どもたちと火遊びをしていたことから、火遊びの危険性を教えるため、火のついたタバコを長男の手に押しつけた。 また、夫は、ピアノ教師に来てもらっているのに長女が駄々をこねて練習しようとしなかったのを見咎め、長女を真冬のベランダに立たせたという。 ほかにも、夫は、関係ない子どもたちを「連帯責任」と称して叱ることもあったほか、長女が希望した高校への進学も許さず、別の高校へ進学させるなどしていた。 ●夫の不倫が明るみに… そんな夫の不倫が明るみになったのは、1997年のことだ。夫が経営する事業の顧客である女性に不可解な行動がみられたことから、妻は夫の不倫を疑うようになった。 同じ年の3月に不倫のことなどをめぐり、夫婦で口論に発展したことを機に、妻は一時的に実家に戻った。妻の主張によれば、このとき離婚する決意をしたものの、夫が謝罪して不貞行為を止めることを約束したことから離婚の決意が揺らぎ、冷却期間をおくため一時的に実家に戻ったという。 ところが、しばらく冷却期間を置いた後、自宅に戻ってきた妻に、夫は離婚届を突きつけた。妻はこれに応じなかったが、つらい出来事はその後も続いた。
4人の子どもたちに恵まれ、夫が経営する事業に協力して従事してきた夫婦。一見すると、経済的に安定した幸せな家族だったが、実際には家庭内に平穏はなかった。
夫は不倫に走り、妻子に暴力をふるっていたからだ。当時7、8歳だった長男の手の甲などに火のついたタバコを押しあてたり、長女を真冬のベランダに立たせたりするなどの体罰をおこなったこともあるという。
そんな夫と離婚し、離婚慰謝料などを請求すべく妻は裁判を起こした。
しかし、夫は妻の主張を否認し、不貞行為は「(妻の)誤解による憶測に過ぎない」、妻に対する暴力は「多少」おこなったことを認めつつ故意ではない、子どもたちへの暴力はしつけという意味で、「子供達のためにと思って」おこなったと主張した。
これから紹介するのは、そんな夫婦が争った裁判例(広島高裁岡山支部平成16=2004年6月18日判決)だ。裁判所は、どのように判断したのだろうか。
高裁が認めた事実によれば、夫婦は1973年11月に結婚。夫は結婚当初から夫婦喧嘩をした際に妻に手を上げることがあったという。また、夫は子どもたちに対しても体罰をおこなっていたとされる。
夫は1985年または1986年ごろ、当時7、8歳の長男が近所の子どもたちと火遊びをしていたことから、火遊びの危険性を教えるため、火のついたタバコを長男の手に押しつけた。
また、夫は、ピアノ教師に来てもらっているのに長女が駄々をこねて練習しようとしなかったのを見咎め、長女を真冬のベランダに立たせたという。
ほかにも、夫は、関係ない子どもたちを「連帯責任」と称して叱ることもあったほか、長女が希望した高校への進学も許さず、別の高校へ進学させるなどしていた。
そんな夫の不倫が明るみになったのは、1997年のことだ。夫が経営する事業の顧客である女性に不可解な行動がみられたことから、妻は夫の不倫を疑うようになった。
同じ年の3月に不倫のことなどをめぐり、夫婦で口論に発展したことを機に、妻は一時的に実家に戻った。妻の主張によれば、このとき離婚する決意をしたものの、夫が謝罪して不貞行為を止めることを約束したことから離婚の決意が揺らぎ、冷却期間をおくため一時的に実家に戻ったという。
ところが、しばらく冷却期間を置いた後、自宅に戻ってきた妻に、夫は離婚届を突きつけた。妻はこれに応じなかったが、つらい出来事はその後も続いた。