児童虐待~連鎖の軛 第4部(2) 子育て追いつめる「偏見」 生後4日で児相一時保護

「子育ては大変ですよ」。中国地方の山下美里さん(28)=仮名=は出産を控えた一昨年の秋頃、周囲からこんな言葉ばかりかけられ、不安だけが膨らんだ。
夫婦ともに子供と接する仕事に就き、子供は大好きだ。しかし、鬱病を抱える山下さんは妊娠中、薬の服用を中断したため、余計に気持ちが安定しなかった。子供の頃、父は母に暴力を振るい、母も子育てに無関心で、幸せな家庭を知らないという引け目もあった。
山下さんが暮らす自治体では保健師が妊娠届を出した妊婦と面談する。育児に自信を持てない山下さんには担当保健師がつき、数カ月ごとに状況を聞かれた。
「日中1人では赤ちゃんをみられない」「泣いたらたたいてしまうかも」。同年11月、出産が約1カ月後に迫り、保健師に訴えた。本当にたたくと思ったわけではない。それほど真剣に悩んでいると分かってほしかった。
ただ、夫婦で子育てを考え、夫が育児休暇を取り、産後は夫の実家で暮らすことを決めると、不安は和らいだ。保健師や病院がつくった支援会議にこうした状況を伝えたが、虐待対応のイメージがある児童相談所(児相)と関わることには抵抗があり、支援会議に入りたいという児相の申し出は断った。
12月末に長男を出産。不妊治療の末に授かった待望の子供だった。しかし、わずか4日後、長男は新生児室から児相に一時保護された。「たたく」という発言と育児不安の情報だけが強調され、児相に共有されていたという。
「赤ちゃんが心配なので保護しました」。病室で児相職員に告げられ、涙が止まらなかった。「突然すぎる。家族と話し合い、一緒に子育てを考えてはくれないのか」
0歳児が最多
行政機関が敏感になる背景には、虐待で死亡する子供のうち、0歳児が最多という事実がある。厚生労働省によると、平成30年度に死亡した子供は54人(心中を除く)で、約4割の22人が0歳児。この割合は多い年には6割を超える。
そこで各市区町村は、これまで構築してきた母子保健制度を活用。出産前後の家庭を支え不安を軽減することで、同時に虐待の未然防止も図ろうとしてきた。
制度が整備されてきた一方、支援を受けることには心理的ハードルが残る。北海道大の松本伊智朗(いちろう)教授(社会福祉論)が懸念するのは「虐待」という言葉のイメージだ。
松本氏は「ある家庭について『虐待』というとき、それは本来、家庭が地域の中で支援を必要としているというニュアンスだ。だが、虐待事件の報道に引っ張られ、親を責める言葉になっている」と指摘する。虐待が非難の嵐を巻き起こすなら、親は支援から遠ざかり、批判を恐れる児相がやみくもな一時保護に走る可能性もある。
また、虐待を防ぐには家庭支援を担う市区町村こそが重要だが、議論の矛先は児相だけに向き、問題が矮小(わいしょう)化される傾向もある。松本氏は「虐待という言葉のとらえ方も、前に出るべき機関もひっくり返っており、正す必要がある」と強調する。子育てしにくい社会になると本末転倒だからだ。
「地獄」に直面
山下さんの長男の一時保護は1カ月後、母子が2人きりにならないことを条件に解除された。1カ月間でもわが子の成長を近くで見られなかったことは悲しい。だがその後、それ以上の「地獄」が押し寄せた。
「虐待親」への偏見があったのだろうか。長男の風邪で病院を受診しても、保護歴を知ると医師の態度が一変した。自治体の支援窓口でもはれ物に触れるような対応をされたと感じた。「保護歴だけで『虐待』のレッテルをはられ、世間は決して許してくれない」
子育ては拍子抜けするほど楽しく、長男が笑えば一緒に笑い、泣いてもその姿さえいとおしかった。今最も恐れているのは、この幸せが再び奪われることだ。通告されるのが怖く、「子育てに失敗してはいけない」という強迫観念に追いつめられる。家事ヘルパーや訪問看護師にも本音の悩みは話せず、「何か困ったことはないですか」という質問が怖くなった。
「監視しあう社会ではなく、助けあう社会をつくりたい」。松本氏はこう投げかけてきた。虐待問題への高い関心と、子育てへの温かな目線とをどう両立するか。
「寄り添ってほしかっただけなのに」。山下さんの言葉は、社会に課題を投げかけている。

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