共同通信の配信記事(2021年1月23日)が、軍事マニアの間で議論を呼んでいる。陸上自衛隊の特殊部隊である特殊作戦群の初代群長が、自衛官を集めて戦闘訓練を行っていたというのだ。
〈 陸上自衛隊特殊部隊のトップだったOBが毎年、現役自衛官、予備自衛官を募り、三重県で私的に戦闘訓練を指導していたことが23日、関係者の証言などで分かった。(中略)
関係者によると、訓練を指導するのは、テロや人質事件などに対応する陸自唯一の特殊部隊で2004年に発足した「特殊作戦群」の初代群長を務めた荒谷卓・元1等陸佐。自衛隊を退職後の18年11月、三重県熊野市の山中に戦闘訓練や武道のための施設を開設。直後の同年12月、19年4月、20年12月と現役自衛官、予備自衛官を募り「自衛官合宿」と称し戦闘訓練を続けてきた。
「陸自OBが私的に戦闘訓練『楯の会に酷似』三島信奉」(共同通信配信記事より)〉
共同通信の記事では、かつて三島事件を起こした三島由紀夫と民兵組織である楯の会との関係になぞらえる防衛省関係者のコメントを紹介し、自衛隊で情報漏えいを監視する情報保全隊も調査していると報じている。
オールドな思想から流行のQアノン陰謀論までカバー
渦中の人物である荒谷氏は、軍事マニアの間では以前から特異な発言で知られており、2011年1月28日付けの産経新聞では情報保全隊の監視下にあることも報じられていた。しかし、改めて荒谷氏が主宰する団体のサイトが注目されると、オールドな思想から流行のQアノン陰謀論までカバーする主張に騒然となった。
これら荒谷氏の主張がネット上で話題になると、ネット右翼かとの声もあれば、あるいは 筆者が過去に記事にした三無事件 の川南豊作との関連を挙げる人もいた。だが、これらは筆者の抱いた所感と異なる。
そこで本稿では、荒谷氏の著作や過去の発言、ネット上の記述等から、その独特な思想について探っていこうと思う。なお、本稿は糾弾を目的としたものではなく、また荒谷氏の団体には一般の方も多く参加しているため、団体関連で荒谷氏以外の固有名詞は記述しない。
三島由紀夫か? ネット右翼か?
荒谷氏とその主宰する団体が、三島由紀夫と楯の会に似ているという共同通信記事の指摘には筆者は懐疑的だ。楯の会はそれなりの規模の組織として存在していたが、荒谷氏の団体はイベント毎に参加者を募っており、常時いる人はわずかなようだし、自衛官もイベントの度に募集をかけている。
また、ネット右翼でも多数派を占めるであろう自民党政権支持の立場を荒谷氏はとっていない。むしろ、安倍前総理に関しては、種子法改正反対等の立場から極めて批判的だ。中国や北朝鮮よりもアメリカやグローバル資本主義をリスクとし、憲法改正も望んでもおらず、ネット右翼とは大きく主張が異なる。
同様に川南の思想とも異なると思う。川南は資本家側の人間であり、その国家構想も金融が重要な要素となっているが、荒谷氏は反資本・反金融の立場を取っており、相容れるものとも思わない。
日本軍人がハマってきた農本主義
筆者は荒谷氏が代表を務める団体の趣旨を読んで、戦前の農本主義を想起した。日本の軍人がハマる思想として、ある意味で伝統的なものだ。
農本主義は農業を国家の根幹に据える思想であり、その思想自体はずっと昔から存在する。しかし、井上寿一学習院大学教授によれば、大正から昭和にかけて、農村の窮乏を救おうとした農業改良家らは、農村内部ではなく、外部要因(都会中心の資本主義)に問題があると考えるようになり、「彼らは農本主義に基づく社稷国家(土地の神と五穀の神の国)として日本の再生をめざす」(『戦前昭和の国家構想』講談社選書メチエ)ようになったという。
農本主義者の権藤成卿、橘孝三郎の思想は青年将校に大きな影響を与え、血盟団事件、五・一五事件に繋がっていく。現代史家の秦郁彦氏は、戦前日本型ファシズムにおいて、農本主義は「一種の思想的故郷ともいうべき地位を占めている」(『軍ファシズム運動史』河出書房新社)と、その位置付けを説明している。
では、これを踏まえて、荒谷氏の主張を確認しよう。荒谷氏の私塾のサイト内にある「問題意識と解決」の中で、現在グローバル資本主義が引き起こしている地球的問題に、既存の制度、政党、政治家等による解決は見込めないとして、次のように提唱している。
〈 市場中心のグローバル資本主義の流れを変えるということは、近代以降の西欧文明を基準とした世界秩序を見直すということです。とても大きな変革です。
ですから、既存の制度やものの考え方では変革は無理です。既存の権力に依存していては何も変わりません。
正しいと思うことは他に依存せず、自分で実践していかなくてはいけません。毎日、自分自身が正しい生き方をすること。そして同志が集い正しい秩序の共同体を運営していくことが最も確実な変革への道です。
我々は、日本の伝統文化を通じて、この現状を再考し、人間の本来の立ち位置に戻ることを提案したいと思います。そしてそれを自ら実行する意志力と実行力こそが世界を正しい道へと導く唯一の解決策です。
「問題意識と解決策」〉
荒谷氏の主張は反グローバル資本主義であり、グローバル資本主義と西欧文明が構築してきた現行の世界秩序を、稲作を中心とする日本の伝統文化によって正すというものだ。反資本主義、稲作(農業)を中心とする社会、地域共同体志向。これらは農本主義の構成要素だ。荒谷氏は農本主義という言葉を使っていないが、それに近い思想に自身で行き着いたのだろうか。いずれにしても日本軍人がハマる思想の伝統をなぞっている。
憲法改正を否定するのに憲法を起草
荒谷氏の憲法に対するスタンスは独特である。荒谷氏は現行の日本国憲法を否定している。しかし、9条改憲論者でもなければ、その他の改憲論とも一線を画している。荒谷氏は前述のように、「既存の制度やものの考え方では変革は無理です」と主張しており、改正も眼中にないようだ。
しかし、荒谷氏は約10年間「憲法を起草する会」という勉強会を主宰し、同志を集めて構想を練っていると語っている。憲法改正の枠組みを否定しているのに新しい憲法を作る。これは革命か実力行使を示唆すると捉えられかねないが、荒谷氏の本意はどうなのだろうか。それを窺わせる発言がある。
〈 そのうちまた世界的な大きな時代の波が来ますからね、そのとき、今やっているようなチマチマした憲法改正議論を考えていてもね。僕なんかいま考えてるのは、皇室典範と国民典範。なぜなら、日本な君民一体(引用者注:「日本は君民一体」の誤字?)ですから。
『武人 甦る三島由紀夫』(晋遊舎ムック 別冊歴史探訪)所収インタビューより〉
世界の終末に備えるプレッパー
2013年発行の上記のインタビューの中で、荒谷氏は「大きな時代の波」が来た時、自分たちがイニシアティブを取って国民典範(「憲法より上位の国体規範」と荒谷氏は定義している)や憲法を定められると考えているようだ。その自信の源泉とは、そして「波」とは何か? 荒谷氏は2019年4月にブログでこう書いている。
〈 大規模震災が、近々起こるであろうことはほとんどの国民が認識して対処準備を取っていますが、金融の大規模人災も近々起きるであろうことを認識している国民は少ないようです。マネーに依存しているすべての仕組みが崩壊することを前提に、私たちは未来の準備をしなくてはいけません。それは決して悲壮な覚悟ではなく、正しい人類の生き方を取り戻す絶好の機会です。
荒谷氏ブログ(2019年4月7日)より〉
つまり、金融カタストロフにより貨幣経済が崩壊する未来に備えつつ、その崩壊を自身の理想を実現する絶好の機会とみているのだ。このことから、荒谷氏はある種のプレッパー的な思想を抱いていると考えられる。
プレッパーとは、核戦争や大災害といった世界の終末に備え、食料の備蓄から核シェルターの保有、さらにはサバイバル訓練等を行う、一種の終末思想を持つ人々のことだ。農村で同志たちによる自給自足の共同体を目指している荒谷氏は、貨幣経済の崩壊に備え、その後の新世界を窺っているのだろう。
ある意味でこれは合法的革命論と言えるかもしれない。合法的な憲法改正を否定しても、世界崩壊後の新秩序のための憲法なら、そこに今の日本国はないからだ。
コロナ禍による人類家畜化計画への対処を急ぐ
しかし、計画には想定外がつきものである。荒谷氏は講演で三島事件を「義挙」と発言する等、折に触れて三島由紀夫への想いを語っている。その三島が構想していたクーデター計画は、左翼学生運動が勢いを増して警察力で対応できなくなり、自衛隊への治安出動が下された際に、三島は楯の会を率いて立ち上がるつもりだった。ところが、肝心の学生運動が下火になり、警察力で対処の目処が立つとその計画は潰えることになり、これが後の三島事件につながる。
以前の荒谷氏の発言や文章からは余裕を垣間見ることができた。しかし、昨年のコロナ禍以降、荒谷氏は明らかに焦っている。昨年9月に新版が出た著書の後書きの中で、このように書いている。
〈 令和二年、世界では重要な出来事が起こった。いわゆる「コロナ騒動」だ。コロナウイルスそのものは全く問題がないにもかかわらず、コロナを利用して世界中を脅迫し、自分たちの利益獲得と支配体制を目論む極悪非道の連中がメディアを使って、社会の破壊と人間の奴隷化を開始した。
これは、突然始まったことではない。彼らはこれまでも、経済支援や紛争をビジネス化し、数々のコロナウイルスやインフルエンザをばらまき、身体をリスク化することでビジネスを展開してきたわけだが、分かりにくい巧妙な手段を使ってきた。しかし、今回のコロナ騒動では、露骨にメディアを利用して恐怖を煽り、ビジネスのためのみならず世界支配を急激に推し進めることとなった。
荒谷卓『戦う者たちへ 増補版(第3版)』(並木書房)より〉
荒谷氏は新型コロナウイルスがグローバル資本家によりばら撒かれたと信じており、コロナ禍によって「彼ら」による社会の破壊、人間の奴隷化といった世界支配が急激に進むと危機感を募らせているようだ。これらはQアノンの陰謀論でもよく見られる主張で、荒谷氏のFacebookにはQアノンを始めとする陰謀論動画が多く共有されている。さらに同月のブログでは、荒谷氏は「彼ら」の人類家畜化計画を明らかにしている。
〈 この自由競争の最終形態ともいうべきコロナ・パンデミックを利用した富裕層への資産の集中は、今後、ワクチンビジネスや体内マイクロチップ化により一層顕著になり、このままでは、彼ら富裕層による人類の管理(家畜化)は決定的なレベルに推移します。
荒谷氏ブログ(2020年9月22日)より〉
おそらく、荒谷氏はワクチンにマイクロチップが仕込まれていると信じており、それによって人類の家畜化が進むと考えているのだろう。そして、今月19日には、事態は緊急を要すると宣言している。
〈 ここでいう「コロナ禍」とは、COVID-19 等のウイルスを利用して社会を混乱させ、自己の利益と権力を獲得するための世界秩序を確立しようとしている者によって引き起こされている現下の世界的「禍」の事です。
この禍は、彼らの目的が達成されるまで終息しません。そもそも、ウイルスがなくなる事は有りません。(中略)
緊急を要する理由は、「禍を実行している者たちが作ったワクチンを全人類に摂取し続ける取り決めやそれを拒否する者に制裁罰則を強要する仕組み等」人類が後戻りできない状況が年内にほぼ確立するためです。
また、彼らの中の一人ビル・ゲイツ氏が予言する「より恐ろしい第2段ウイルスの拡散」が東京オリンピック強行と無関係ではない恐れがあるためです。
荒谷氏ブログ(2021年1月19日)より〉
「今がその時」と行動を呼びかけている
荒谷氏はコロナ禍により、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏らグローバル資本家が人類支配を確立すると考えている。かつては近い将来訪れる貨幣経済の崩壊を余裕綽々と待っていたにも関わらず、事態の急速な進展に予定を変更したようだ。著書では「今がその時」と行動を呼びかけている。
〈 戦う者たちが行動する時が来た。真の日本の戦闘者は今こそ戦わなくてはならない。戦いといっても武器をもってする戦いだけではない。
荒谷卓『戦う者たちへ 増補版(第3版)』(並木書房)より〉
ここで稲作をする、お祭りに参加する、テレビを見ない、メディアの情報を無視するといった非暴力的な抵抗例を示すものの、
〈 その上で、奴らが強制力をもって戦いを仕掛けてきたら断固として戦う。有効性など考える必要はない。合理性を一切排除するところに日本文化の輝きが生まれる。「敵は幾万ありとても我行かん」の気概で戦う。
荒谷卓「戦う者たちへ 増補版(第3版)」(並木書房)より〉
と徹底抗戦を呼びかけている。「奴ら」がどんな「戦い」を仕掛けてくるのか判然としないが、その他の主張からワクチン接種の呼びかけにも反発しかねない雰囲気がある。
日本への陰謀論浸透を調査する米情報機関
このように、コロナ禍以降の荒谷氏の主張はQアノン陰謀論の影響を受けてか、先鋭化の度合いを増している。そして、荒谷氏の活動は外交的にも影響を与えるかもしれない。
ニューヨーク・タイムズの報道によれば、米バイデン政権で情報機関を統括する国家情報長官(DNI)に就任したアブリル・ヘインズ氏は、議会上院での公聴会の中でQアノンに関する調査に取り組むと表明している。既に日本やドイツといった海外へのQアノン陰謀論浸透について情報機関は調査しているという。
陰謀論で国内が深刻な事態に陥ったアメリカは、Qアノン追及・解明をより強めるのは確実だ。その中で日本の自衛隊が名指しされてしまったら、防衛省・自衛隊にとって大きな問題となるだろう。ドイツも昨年、陸軍特殊部隊KSKに極右思想が浸透していたことが問題になり、一部部隊を解散する事態になっている。
ネットには「武器を用いない戦闘訓練なら問題ない」と擁護する声もあったが、荒谷氏のブログには、訓練に参加した自衛官らがふんどし姿で川で禊を行うなど、荒谷氏個人の思想に基づく思想教育を行っていることを示唆する写真がアップされている。そもそも、その理屈だと武器を使わないなら、外国軍関係者による自衛官訓練も問題ないことになる。陰謀論を唱える元特殊作戦群長が、現役自衛官を集めて私的に訓練しているという事実は重い。
なお、筆者の知る自衛官の中に、荒谷氏の主張を見て頭を抱えたり、不快感を覚えた方が複数いたことは、ここに記しておきたい。
農本主義でプレッパーでQアノン……。古典から最新まで、荒谷氏が様々な思想の持ち主であることが分かったと思う。しかし、Qアノンは日本の天皇も陰謀に加わっていると主張するなど反天皇的な思想も含んでいるが、なぜ日本の右派に受け入れられるのだろうか……。
なお、著書によれば荒谷氏は、国家情報長官に就任したヘインズ氏をコロナ禍の陰謀に関わった一味とみているようだ。遂に「奴ら」の攻撃が始まったのだろうか。
(石動 竜仁)