福岡県太宰府市で2019年10月に発覚した主婦暴行死事件を巡って、遺族と佐賀県警の溝が深まっている。遺族は、事件前に再三県警に相談したが被害届を受理されなかったと主張。県警は、対応に不備はなかったとして遺族が求める再調査をしない姿勢を貫いている。事件直前から主婦と同居し、傷害致死などの罪で起訴された男女の初公判が2日、福岡地裁である。なぜ主婦が命を落としてしまったのか。司法の場での審理が始まる。
事件は19年10月20日朝、太宰府市内の駐車場に止めてあった車内から主婦の高畑(こうはた)瑠美さん(当時36歳)の遺体が見つかり発覚した。遺体にはバタフライナイフなどで刺されたり、木刀で多数回殴られたりするなど激しい暴行を受けた痕があった。福岡県警は、事件直前から同居していた山本美幸(42)、岸颯(つばさ)(25)両被告=いずれも同市の無職=らを逮捕し、2人は傷害致死などの罪で起訴された。
2人は別の恐喝事件でも逮捕され、高畑さんとは違う被害者3人に対する恐喝罪(未遂含む)を先に審理した福岡地裁は、いずれも有罪認定した。その公判で見えてきたことがある。
山本被告は専門学校を中退後、介護職などに就いたが、15年ごろから無職だったという。岸被告は山本被告の交際相手。山本被告は二十数年前に暴力団員だった田中政樹被告(47)=恐喝未遂罪で1審は有罪判決=と知り合い、11年ごろに田中被告が暴力団を抜けた後も周囲に田中被告が背後にいるとちらつかせて、恐喝事件を繰り返した。
被害者3人のうち山本被告の知人男性(当時36歳)は、好意を抱いていた女性から紹介された山本被告に「女性がホストにはまり借金がある。助けてほしい」との相談を受けたと証言。通帳を山本被告に預け、岸被告に紹介された建築関係の現場などで働いて、たまに山本被告から小遣いをもらっていたという。仕事に行ったかどうかは毎日無料通信アプリ「LINE」で報告するよう「山本被告に指示されていた」。
男性は、給料が少なかったり、仕事を無断で休んだりすると「模造刀で刺されたり、走行中の車の窓から頭を出されたりした」と証言。時には「兄貴にかけるよ」と言った山本被告と電話を代わると、田中被告から「原発に行くか? マグロ(漁)に行くか?」などと怒声を浴び続けたという。暴力と監視で山本被告らに肉体的、精神的に支配された男性は公判で「金をどうにかしないと本当にやばいと思った」と凄絶(せいぜつ)な日々を振り返った。
被害者3人の中には高畑さんの夫裕(ゆたか)さん(36)もいた。裕さんへの恐喝未遂事件の審理では、十数年前に高畑さんの兄を介して山本被告と知り合ったことが明かされた。当初は兄が飲み屋で作った借金で暴力団とトラブルになったと聞かされ、その間に入ってくれた「味方」だと思っていたという。だが、高畑さんが亡くなる約7カ月前から山本被告と行動を共にするようになって高畑さんは様子がおかしくなり、家族に金を無心するようになった。
九州最大の歓楽街、中洲(福岡市博多区)では、山本被告と高畑さんが一緒にいる姿が目撃されていた。山本被告が利用していたホストクラブの男性スタッフは、山本被告と高畑さんの様子を「仲よさそうな感じでしたよ」と話す。ただ一方で、山本被告がキャビアを口にする横で、高畑さんは大盛りの即席ソース焼きそばを食べさせられ、ホストに笑われていたという証言もある。
幼い子供2人を育て、時には仕事もして家計を支えた高畑さんも、恐喝事件の被害者と同じように山本被告らにマインドコントロールされていったのか。遺族は真相究明を求めている。【一宮俊介、浅野孝仁、中里顕】
県警本部長は「直ちに身に危険が及ぶ可能性は認められなかった」
高畑瑠美さんが死亡した事件を巡り佐賀県警が事件前に被害届を受理しなかった問題で、県警の杉内由美子本部長は1月29日の定例記者会見で「直ちに身に危険が及ぶ可能性は認められなかった」と従来通りの見解を繰り返した。遺族が求める再調査は実施しない姿勢を改めて示した。
杉内本部長は、高畑さんの夫裕さんが脅迫された通話の録音データを持って相談に来た際は、携帯電話に記録されていたため別の媒体に移して、日中の再訪を依頼したと説明。地裁がそのデータを証拠に有罪認定した点は「(当時は)事件性を判断するのは難しい状況だった」と述べた。
杉内本部長の会見を受けて遺族は同月30日「信用できない。県公安委員会は第三者委員会を立ち上げて、双方の話を聞いた上で、適切な判断をしてほしい」とのコメントを出した。【高橋広之、一宮俊介】