歴史的な出来事の「功」と「罪」は、明確な境界線に隔てられて存在するものではない。例えば、吉田茂元首相が果たし得たサンフランシスコ平和条約締結というレガシーには、アメリカ支配からの脱却を半永久的に果たし得ないという負の遺産がつきまとう。戦争という「罪」からも、教訓を引き出せば、後世への「功」となるだろう。
つまり、「功罪」は常に表裏一体だし、後世の評価も両義的だ。したがって、「功」と一体化している「罪」の検証なくして、教訓を引き出すことは不可能なのだ。
ところが最近では権力への批判を嫌う空気が醸成されている。これが、安倍長期政権を実現した原因でもある。様々な問題も抱えるが、「最長政権」という結果だけは否定しようのない歴史として後世に残る。
もちろん、ここには大きな成果もあった。わずか1年で内閣が交替していた時期に比べれば、長期的な視野で日米同盟を強化し、いわゆる「地球儀を俯瞰する外交」を展開して、国際的なプレゼンスを回復したといっていい。
「アベノミクス」と呼ばれた経済政策が、この「長期化」を支えたことは間違いない。金融緩和で、円安、株高となり、企業業績と雇用が改善した。大企業を潤し、国民には「目先の食」を確保した。民主党政権時代は企業が円高、株安で苦しみ、雇用状況も悪化していただけに、「アベノミクス」は大きな求心力となった。
安倍政権下での官邸主導“の確立
もう1つの要因は「官邸主導」の確立だ。そもそも小選挙区制度によって、国会議員のチルドレン化が進んでいた。自民党は、2度にわたる野党転落を経験し、党内抗争、足並みの乱れに極度に臆病になっていた。沈黙する議員が増え、すでに「一強」の素地はできあがっていた。
最後の抵抗勢力となり得る存在が官僚だった。「官邸主導」の政策も官僚組織なくしては実現しない。しかし、省益、既得権を優先し、縄張り意識や前例に縛られるという弊害が、しばしばそれを阻んだ。そこに楔を打ち込もうと、安倍政権は2014年に幹部職員の人事を一元管理する「内閣人事局」を発足させた。狙い通り、人事を握られた官僚のほとんどが「安倍官邸」に逆らえなくなった。
さらに、重用された「官邸官僚」が、各省庁への意思伝達を徹底した。「仲間を決して怒らない、捨てない、裏切らない」という安倍の人柄に、この“側用人”たちは心酔していた。お互い横の関係がぎくしゃくしても、安倍との縦の関係が太いパイプとなって結束し、「安倍官邸」のガバナンスを強化していた。常に「バラバラ」と批判された民主党政権とは対照的だった。
しかし、アベノミクスには、官邸官僚の1人でさえ「怖い」と言うほどの危険性がつきまとう。正規雇用が増えた以上に、非正規が増えた。実質賃金は伸びず、新型コロナウイルスが拡大する前の7年間で、個人消費の成長率は0.04%とほぼゼロ成長。GDP成長率も平均0.9%と目標を大きく下回り、先進国の中でも低い。
日銀による金融政策は、新規需要を喚起できていないという点で限界が見えている。それでも金融緩和は止められない。出口戦略はまったく見えない。
それどころか、新型コロナウイルスへの対策が、異次元金融緩和と積極財政に拍車をかけている。消費税率を2回アップしたにもかかわらず、国債残高は増え続け、21年3月末には1000兆円に迫る見通しだ。
ハイパーインフレを起こさないためにも、日銀は国債を買い続けなければならない。これは日銀による国債の直接引き受けであり、放漫財政となる、事実上の「財政ファイナンス」だと批判されている。異次元緩和に支えられた積極財政は、もはや歴史にも、教科書にもない未知の世界に国民を導き、不測のリスクは全て将来の世代に背負わせることになるのだ。
さらに「官邸主導」が官僚たちの「悪質な忖度」につながったという不信感も広がった。安倍昭恵夫人が名誉校長をしていた森友学園への格安な国有地売却の問題をめぐって、安倍は、「私や妻が関係していれば、間違いなく総理大臣も国会議員も辞める」と断言した。その後、財務省による決裁文書の改ざんが始まったのだ。
昭恵夫人が国有地を訪問した際、「いい土地ですから、前に進めてください」と述べたという籠池泰典理事長(当時)の発言や、「安倍首相夫人が森友学園に訪問した際に、学園の教育方針に感涙した」という新聞社のインターネット記事があったという記述などが削除されたのだ。ここに安倍夫妻の関与を隠蔽しようとする「忖度」があったと思うのは、決して邪推とはいえまい。
「関係」という言葉が持つ意味
それでも安倍は、「関係」がないと言い続けた。国会で森友学園との「関係」を追及されるうちに、「関係」という言葉の意味を、「何か便宜を与える意味における関与」と矮小化した。意図的に便宜を与えていなければ、「関係」という概念にあたらないという認識だが、これは良識的な人々が考える「関係」の意味と、あまりにもかけ離れているのではないか。
この「関係」が許されるなら、「私は便宜を与える意思はなかった」と言えば、側近の忖度を利用したあらゆる利益供与が許される。これは政治の言葉の廃頽(はいたい)だ。
安倍政権において政治の言葉は軽くなり、時に意味を歪められ、信頼を失った。安倍は「拉致問題を解決する決意」を繰り返し強調してきた。これも大きな求心力となっていたわけだが、結局、成果はなかったと言っていい。北方領土問題もそうだ。「必ずや終止符を打つ」と言い続けたが進展しなかった。安倍の「決意」という言葉は、単なる努力目標に堕していた。
「できない約束はするな。約束したら必ず果たせ」とは田中角栄元首相の言葉だ。かつては、それが政治的リーダーの矜持であり、マナーだったはずだ。
また安倍政権では多くのスローガンが乱れ飛んだ。「地方創生」、「女性活躍」、「一億総活躍」、「人づくり革命」などなど、誰もが認める成果がないまま、矢継ぎ早に発信された。政治の言葉が、「やっている感」のツールになってしまったのだ。ある官邸官僚は、「やっている感が大事だ」と堂々と叫んでいたというのだから笑えない喜劇のようだ。
「責任」という言葉の軽さ
さらに安倍は、閣僚が不祥事で辞任する度に「任命責任は私にあります」と繰り返した。最後は法秩序を司る法務大臣に任命した河井克行が買収の疑いで逮捕・起訴されるという前代未聞の事態に至った。
それでも「任命したのは私であります。責任を痛感しております」で済ませてしまう安倍の「責任」はあまりにも軽い。
「責任を取って腹を切る」という、武士道の伝統的な精神はどこへ行ってしまったのか。
この美意識を失っているならば、「美しい国」や「日本を、取り戻す。」といった安倍のスローガンは鴻毛の如く軽い。そして、そうであるならば、是非、歴史から吹き飛んで消えてほしい。
なぜなら、次世代を担う子供たちに、「悪いことをしたら、責任は私にありますと言い続けろ。そのうち世間は忘れてくれる」と教育できるはずがないからだ。
行動を伴わず形骸化された言葉もある。国論を二分した特定秘密保護法について、各社の世論調査で説明不足が指摘されると、安倍は「もっともっと丁寧に時間をとって説明すべきだったと反省しております」と述べた。同じく集団的自衛権の憲法解釈を変更して安保法制を成立させた際も、「丁寧に説明する努力を続けていきたい」と述べた。
ところが、「丁寧」、「反省」、「説明」と繰り返したものの、野党との応酬になると安倍の野次はひどかった。農相への献金問題を追及された際は「日教組どうすんだ」(2015年2月19日)と事実誤認の発言。閣僚答弁の誤りを指摘されれば「まあいいじゃん。そういうことは」(同年8月21日)と投げやりな暴言。「早く質問しろよ」(同年5月28日)、「意味のない質問だよ」(20年2月12日)と品格を欠いた野次を浴びせた。国権の最高機関における言葉の品性を破壊し、「幼稚さ」を跋扈させた安倍の「罪」はあまりにも重い。
理性を尊重し、品性や教養を修得する「立派な大人」への知的鍛錬は、凡庸なる人間にとっては辛いし耐えられないものだ。
言葉に縛られたくない。論理的思考は面倒だ。責任も取りたくないし、自分を責める勢力は潰したい。そんな粗野で稚拙な人間の「負の本性」を、安倍の言葉は肯定しているように見えた。
「易き権力」との一体化による「強さ」
「人は易きに流れる」ということを、安倍は本能的に理解して利用したのか、それとも、安倍自身が自覚することなく「負の本性」に支配されていたのかはわからない。
いずれにせよ、その「易き権力」は、わかりやすい。
爽快感も漂う。「理屈を言うな。政治決断だ」という、ある意味での「強さ」を印象づける。この「易き権力」と一体化し、その「強さ」に陶酔していた人も多かったのではないか。
そうなれば、自ずと権力への警戒心はなくなる。権力の暴走で300万以上の国民が犠牲となった戦争から75年が過ぎ、戦争体験も忘却の彼方へと消え行く中で、「権力は失敗する可能性がある」という教訓が失われつつあるのだ。
「権力の失敗」に巻き込まれた「戦後」の人々は、強すぎる権力と、それによって言葉の意味が歪められることを警戒した。
なぜなら彼らは、「全滅」が「玉砕」、「戦死」が「散華」、「撤退」が「転進」とごまかされ、「批判する時ではない。進め一億火の玉だ」という「強さ」に圧(お)されているうちに国が崩壊したことを、忘れなかったからだ。戦後、「平等」や「豊かさ」、「反戦」を求めて、権力と対峙した運動の根っこはここにあった。
「戦後」の政治も、対立を和らげ調整することに軸足を置いた。
池田勇人元首相の「寛容と忍耐」という言葉や、「権力の魔性を自戒せよ」と政治家の独善を戒めた中曽根康弘元首相の言葉が象徴的だ。
その「戦後の精神」が衰退し、安倍長期政権を実現した「新たな戦後」が始まろうとしている。
そこでは「平等」や「妥協」を「偽善」、「反戦」や「抑制」を「弱腰」、「思考」や「論理」を「屁理屈」と受け止める人が増えた。彼らにとって、権力の「横暴」は「強さ」であり、「狡知」は「知恵」であり、「批判」はすべて「印象操作」となる。
価値観が倒錯し、その倒錯が常識になりつつある。だからこそ、安倍に歪められた言葉が歓迎され、差別主義的な発言を繰り返す政治家も許されるのだ。
「新たな戦後」とコロナで見えた実態
この「新たな戦後」をリードしたかに見えた安倍政権は、新型コロナウイルスという予想もしなかった敵の攻撃にさらされた。今のところ、世界的に見れば死亡率や、経済的ダメージの程度も低く抑えられている。10月に発表された新型コロナ対応・民間臨調の報告書も、「他国に恥じない結果を出した」と評価している。
一方で、「泥縄だったけど、結果オーライ」という官邸スタッフの言葉を引き合いに、多くの「危うさ」も浮き彫りになったと指摘している。
実際に、安倍政権は、入国制限や緊急事態宣言、PCR検査拡充への対応が遅れ、10万円の特別定額給付金をめぐる対応も二転三転するなど、「強いイメージ」とかけ離れた、危機管理に「弱い実態」を露呈した。
安倍が言葉を無意味化して演出した「強さ」は、その演出に太刀打ちできない野党や、陶酔する人間には効果があっても、演出の通じないウイルスには無力だったということだ。
ウイルスとの戦いはもちろん、中国や北朝鮮による危機を言うのであれば、その「弱さ」を検証し、克服し、戦略を学ばなければならない。
報告書が最後に強調した「学ぶことを学ぶ責任」は、言葉の力をもってしか果たし得ない。言葉へのこだわりと責任を取り戻すしかないということを再認識することこそが、安倍政権からの教訓であろう。
(菊池 正史/文春ムック 文藝春秋オピニオン 2021年の論点100)