お昼休み、いつものように、一緒にお弁当を食べている子たちに加わろうとしたら、みんなが、ふっと違うところへ行ってしまったんです。そのとき、ひとりの子が振り向いて、ちょっと申し訳なさそうな顔をしました。その顔は今もはっきりと覚えていますね。それまで仲の良かったグループから始まった無視は次第に広まり、クラスのほとんどの子から口をきいてもらえなくなりました。中3の終わり頃のことでした。
小中高一貫の学校だったので、高校でも状況はそのまま。学校に行っても、誰とも口をきかないで帰ってくる毎日でした。クラブ活動でも、活動日を私だけ教えてもらえなかったり、絶対にできないようなことを押しつけられ、失敗すると、みんなの前で非難されるということが繰り返されました。
小学校から通っていた学校だったので思い入れも強かった。すごく大事にしていた世界だったので、そこで自分が全否定をされているような気持ちになりました。なぜこんな目に遭うのか、という問いから行き着いたのは、“自分がおかしいんだ”という思いでした。それがつらかったですね。
突然、学校をサボった日があったんです。もう行けなくなってしまったんですよね。街なかで時間をつぶし、家に帰ってきたとき、「学校から連絡があったけど、今日、どうしたの?」と母に訊かれ、そのとき初めていじめのことを打ち明けました。
そのあたりから、学校にはほとんど行けなくなってしまったのですが、行かなければ単位は取れない。けれど高校2年のときには、うつ病と摂食障害が酷くなり、日常生活を送ることさえ厳しい状況でした。高2の終わりに退学を決め、東京から関西の学校に転校しました。
転校先では、すぐに受け入れてもらいました。そこで初めて、“私が悪かったわけじゃないんだ”ということに気が付いたんです。
自分がおかしかったなら、転校先でもいじめに遭うはずなのに、友だちがたくさんできた。「私がおかしかったわけではなかったんだ」と気付けたことは、すごく大きかった。その学校での日々は、本当に楽しくて。
ただ、いじめに端を発した過食症が治っていなかったので、行きたくても行けず、病気と闘いながら、出席日数ギリギリで卒業しました。そんな状況だったので、ずっと目指していた受験はできず、大学へは指定校推薦で進学しました。
嫌なことがあると、食べずにはいられない衝動が突きあげてくる。それが起こると、次は食べられなくなる。私の摂食障害には、小学校のとき、太っていることをからかわれていたことが影響していると思います。
それがすごく嫌で、私は6年生のときからダイエットを始めたのですが、度が過ぎ、中2のとき、拒食症になってしまったんです。そしていじめがきっかけで次は過食症になってしまった。だから根は、小学校の低学年の頃からつながっていると思うんです。
たとえば、みんなの前で体重を発表されて笑われたり、通学の途中、座席が空いていると、「豚だから座れないよね」みたいなことを言われたり。言った方は“からかい”としか思っていないだろうけど、これも“いじめ”だったのではないか、それは別問題にしても、自分の病気に関してはつながっているんだろうなと思います。
うつ病と摂食障害は、その後も続き、大学も単位ギリギリで卒業し、就職はできませんでした。落ち着いたのは、子どもを出産した20代後半のことでした。そこで司法試験を受験しようと決心したんです。
“何かしたい”という思いが、自分のなかでくすぶり続けていたんですよね。今まで何もできなかったゆえに、自分の力を試したい、その力を証明したいと。子育てをしながらの挑戦は大変でしたが、それは初めて自分で選んだこと。だから絶対にやめられなかった。
幾度かのトライの後、司法試験に受かり、私は今、弁護士をしています。被害を受けた相談者の立場を何より理解したいという、私が大事にしている姿勢には、過去の経験がつながっていると感じるところがあります。
でも私はまだ、いじめを克服したとは思えない。“そんな経験があったから、今の自分がいる”なんて思うことはできない。でも今は、ちょっと弱いところのある自分を受け止め、楽しいことも、うれしいこともあって、それでいいんじゃないかなと気楽に考えるようにしています。
当時の私は、“いじめられていることが恥ずかしい”という思いが強かったんです。だから誰にも相談できなかった。あのときの自分に言いたいのは、ひとりで抱えないで、ということ。もっと誰かに相談して、全然恥ずかしいことじゃないんだから、って。
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(NHK「FACES」プロジェクト)