「まだ、どうにかできるかも」沖縄県民投票から2年、若者は今

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の県内移設に伴う名護市辺野古沿岸部の埋め立ての是非が問われ、反対が7割を超えた2019年の県民投票から24日で2年。当時、先頭に立って9万人超の署名を集め、実施を求めたのは沖縄の若い世代だった。一方で、活動には加わらなかったものの、その姿に心を動かされた同世代もいた。あの県民投票が残したものとは――。
「県民投票で気付かされたことがある」。今、学校などでの平和教育プログラムで講師を務める狩俣日姫(につき)さん(23)=宜野湾市=は振り返る。
沖縄県が19年度から実施する事業「ぴーすふるアクション」。学校に講師を派遣し、生徒同士のディスカッションを促しながら平和のあり方を学んでもらう講座だ。狩俣さんは20年度、派遣希望があった県内の中学、高校、大学計6校、県外の中学1校を回った。
講座では、76年前の太平洋戦争末期の沖縄戦での日米両軍の攻防の経過や巻き込まれた住民の証言を紹介し、戦争の悲惨さを伝える。そのうえで「周辺国との関係が悪化した」という課題が設定され、5、6人ごとのグループに分かれて解決策を議論する。政府のプロパガンダによって国民がいつのまにか戦争を後押しする形になってしまうことを体感し、どうすれば平和を維持できるのかを考えてもらうのが狙いだ。
こうした教育プログラムに狩俣さんが関わるようになったのは17年秋。その前の1年間、ワーキングホリデーで滞在したオーストラリアでの体験が一つのきっかけだった。現地で知り合った日本人と沖縄の話になり、「沖縄は米軍基地がないと中国に取られてしまう」「経済も基地がないと成り立たないんでしょ」と言われた。「違うよ」と思ったが、しっかり反論できない自分がいた。帰国後、「もっと沖縄のことを勉強して伝えたい」と思っていた時に友人から誘われ、このプログラムを実施していた団体の活動に参加した。
「『辺野古』県民投票の会」が投票実施を求める署名集めをスタートさせたのは18年5月。会の代表に就いた元山仁士郎さんら20代が活動の前面に出た。勉強会に顔を出した狩俣さんは「私は教育の分野で頑張りたい」と思って活動には加わらなかったが、同世代が正面切って「基地の問題や沖縄の将来について皆で話をしよう」と訴えていたことがうれしかった。
19年2月の投票日直前には、元山さんらが県内外のミュージシャンやラッパーを集めて投票を呼び掛ける音楽祭を開いた。斬新な活動に「自分たちの世代が頑張れば、社会は変わるのかもしれない」という期待も抱いた。
県民投票の結果は投票率52・48%で、「埋め立て反対」が投票総数の71・74%に上った。「『どちらでもない』という選択肢が大勢を占めるかも」と思っていただけに、多くの人が意思をはっきり示したことに驚いた。だが、沖縄の「民意」が示されたにもかかわらず、政府はその後も辺野古沿岸部の埋め立て工事を続けた。「民意が反映されず、民主主義が機能していない状態を他の都道府県の人は容認していいのか」
それでも狩俣さんは「私にとってあの県民投票は無意味ではなかった」と振り返る。元山さんらの活動を見て、「関心が薄い人や冷ややかな目で見ている人にも語りかけること、考えが違う人の意見にも耳を傾け、対話することの大切さ」を実感。教育プログラムで学生たちにディスカッションを促してきた自分たちの取り組みも「間違っていなかった」と確信できた。
新型コロナウイルスの感染が広がる中、沖縄では若い世代がオンラインでコロナ後の世界や差別などの社会問題を公開の場で語り合う取り組みが続いた。狩俣さんもそのいくつかに参加した。「若い世代がつながり、議論したり考えたりしている過程を皆に見せようという流れがある。そのきっかけの一つが県民投票だった」。だからこそ辺野古の埋め立て工事が止まらない現状にも、2年前に抱いた期待を思い出す。「まだ、どうにかできるかもしれない」
沖縄、香港で声を挙げた人々を撮影
「沖縄の民主主義が無視されている状況が今も続いていることをしぶとく伝えていきたい」。「『辺野古』県民投票の会」のメンバーとして投票実施を求める署名集めに関わった那覇市のカメラマン、普久原(ふくはら)朝日さん(26)は、当時撮影した作品を紹介する写真展を28日まで那覇市久茂地(くもじ)の市民ギャラリーで開いている。
県民投票実現までの過程を追った沖縄での写真59枚に加え、2019年6月に訪れた香港で刑事事件の容疑者を中国本土の司法当局に引き渡せるようにする「逃亡犯条例」改正案に反対して声を上げる人々の姿を撮影した写真21枚を展示。沖縄での写真では、翁長雄志(おながたけし)前知事の突然の死や全県での投票実施を求めた会の元山仁士郎代表のハンガーストライキなどを巡る人々の悲喜さまざまな表情が映し出されている。それらの写真をまえに、普久原さんは「当時の思いを振り返ってほしかった」と語る。
写真展のタイトルは「あのときの沖縄 “政治”と若者たち」と付けた。「少しずつだが、社会問題に対して声を上げる若い人たちが増えている気がする。県民投票をやったという事実の重みは2年たっても薄れない。その結果をどう生かしていけばいいのか、皆で考えていきたい」【遠藤孝康】