泥につかった思い出の布団に涙 川崎浸水訴訟の原告、市に不信感

2019年10月の台風19号で浸水被害を受けた川崎市民らが9日、市を相手取って約2億7000万円の損害賠償を求める集団訴訟を起こした。生活基盤に深刻な被害を受けた原告は、どのような思いで裁判に臨むのか。【洪香】
原告団長で私立高校教諭の川崎晶子さん(47)は夫(49)と3人の子供と暮らす中原区上丸子山王町1の地上3階、地下1階の一戸建て住宅で被災した。19年10月12日、天気予報を聞いて生活に最低限必要なものは地下と1階から2階に移し、停電のため簡易トイレを使いつつ夜を明かした。
だが翌朝、目に飛び込んできたのは、地下に続く階段が泥水で見えなくなった光景だった。床上約15センチまで泥水が達した跡があり、床は水浸し。給湯器は壊れ、被災後1週間はガスコンロで温めた鍋のお湯を浴槽に入れて入浴した。
水没した地下室はバケツや洗面器で運べる水量ではなかった。近所の住民が貸してくれたポンプで水を取り除いていった。排水後には泥や石で覆われた床があらわになり、子供が床掃除を手伝ってくれた。悲しむ暇もないくらい、暮らしの立て直しに必死だった。
被災から数日後のことだ。地下室を掃除中に、緑色と黄色の毛糸で編んだベビー用の布団が出てきた。第1子を身籠もったのを機に、仕事の合間を縫って3カ月かけて作ったものだ。仕事などで子供と会えない時も「いつでも見守っているよ」という気持ちを込めた。子供が大きくなると夫が膝掛けとして使ってくれた。そんな布団が泥水につかっているのを見た瞬間、せきを切ったように涙があふれた。家族の思い出が踏みにじられたような気がしたからだ。
家は被災する1年前の18年10月に中古で買った。親戚や友人を泊められるよう壁紙を貼り替え、畳を敷き直したばかりだった。新調した家財道具も、使えなくなったものは泣く泣く捨てた。住宅の修理や家財の買い替えには計1800万円の費用がかかり、元通りにするのに半年を費やした。
市の対応には憤りを感じる。多摩川の排水ゲートを閉めず、逆流した水が市街地にあふれたことが浸水の原因だが、市は「マニュアル通りだった」と過失を認めない。にもかかわらず、被災後には逆流した際はゲートを閉める運用に改めた。いまだに謝罪もなく、住民説明会では「閉めない方針だった」と繰り返す市職員にあきれた。川崎さんは「不誠実な態度に不信感しかない」とため息をつく。
原告団長を引き受けたのは、近所の人の話を聞くなどして全体の被災状況を把握していたことが大きい。被災者の声を市に届けたいという思いもあった。
川崎さんは「マニュアル通りだから責任はないという市の姿勢に納得できない。河川を管理する行政機関としてやるべきことはきちんとやってほしい。司法の力を借りて市に責任を認めてもらいたい」と力を込める。