古賀稔彦さん鍛えた神社「さびしい」 出身の佐賀、急逝に悲しみ

鮮やかな背負い投げを得意技に国民的人気を誇った1992年バルセロナ五輪柔道男子71キロ級の金メダリスト、古賀稔彦さんが53歳で亡くなった。「平成の三四郎」の突然の訃報に、出身地の佐賀からは驚きと悲しみの声が上がった。
佐賀県みやき町出身の古賀さんは、小学生から柔道を始め、中学からは多くの名選手を輩出した東京の柔道私塾「講道学舎」で鍛錬を積んだ。
古賀さんは5月10日に東京オリンピックの聖火リレーのランナーとして古里の町内を走る予定で、2019年からは県のスポーツ振興策に助言するアンバサダー(大使)も務めていた。それだけに、県スポーツ課は「53歳という若さでの死去で大変悔やまれる」とのコメントを発表した。
古賀さんが小さい頃から146段の石段の上り下りを繰り返し、足腰を鍛えて強靱(きょうじん)な体をつくったみやき町の千栗(ちりく)八幡宮。99年に神社を継いで以来、交流を続けてきた宮司の東正弘さん(81)は「帰省の際には必ずと言っていいほど家族などを連れてお参りにきていた。やはり自分の原点が千栗八幡宮の石段にあると思っていたのだろう」と振り返る。
最後に会ったのは、1~2年前にテレビ番組の収録で八幡宮を訪れた時といい、東さんは「人柄、人間性の全てが素晴らしい人だった。さびしくてならない」と惜しんだ。【江刺正嘉、竹林静】