「5年間」捜査中だった事件を「1週間」で解決!? 警視庁初の科学捜査官がもたらした“革命”とは

事件内容のデータベース化、防犯ビデオの画像解析、GPSの活用……。今やなくてはならない科学捜査技術も、はじめから警察組織に存在していたわけではない。かつての“画像解析”は、防犯ビデオをブラウン管のモニターに再生し、必要な場面が映ると一時停止。その前にカメラを構えて画面を撮影するというアナログな作業を指していたのだ。
そんな状況を変えたキーマンが、科学捜査官第一号となり、日本の科学捜査の基礎を築いた服藤恵三氏である。ここでは同氏の著書『 警視庁科学捜査官 難事件に科学で挑んだ男の極秘ファイル 』(文藝春秋)を引用。現代の警察捜査にもつながる環境を構築した際のエピソードを紹介する。
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捜査現場に役立つ機材を
この事件捜査と並行して、捜査支援の資機材開発にも取り掛かった。当時、刑事部長には、「カレー毒物混入事件」のときに和歌山県警本部長だった米田さんが警察庁会計課長を経て栄転していた。米田部長に、目指す組織作りと資機材の開発について説明すると、好きなように進めるようにと言われ、大変心強かった。
亀有警察署刑事課で目の当たりにした現場のニーズから、必要な資機材をピックアップして考えた。そして具体化した一つ目のシステムが、「DB‐Map(Database – Map System)」だ。詳細な住宅地図、データベース、各種解析機能を搭載し、初動捜査から事件の分析を支援する機能を備えている。管内の防犯カメラの位置を示す地図さえなくて驚いたことが頭にあったから、必要と思われる機能を考え付くだけ搭載した。新たに発生した事件内容を、データベースとして追加で登録することも可能だ。
コピー機の前で縮尺に苦労していた若い刑事の姿を思い出し、画面上の範囲を指定すればワンクリックで拡大・縮小が可能で、即座に印刷できるようにした。貼り合わせて掲示するために、のりしろも付けた。
解析機能は、パソコンを使い慣れた者にしかできなかった複雑な手順を初心者でも簡単にし、情報の共有も図れるようにした。さらに高度で専門的な解析が行なえる機能も追加した。DB‐Mapに搭載された地図情報・各種カテゴリーの基本情報と、分割印刷、経路や目標物検索などの初動捜査ツールを活用することで、捜査の迅速化が期待された。
二つ目は、捜査支援用画像解析システム「DAIS(Digital Assisted Investigation System)」だ。
亀有署の刑事たちは、押収してきた防犯ビデオをブラウン管のモニターに再生し、必要な場面が映ると一時停止して、その前にカメラを構えて画面を撮影していた。そのフィルムを暗室で紙焼きに引き延ばすから、画質は非常に粗い。「これが我々の画像解析ですよ」と真剣に言っていた。
警視庁本部の鑑識課や科捜研に画像の検査や鑑定を依頼できるのに、100件のうち1件も持って行かないという。理由を訊くと、亀有から桜田門まで往復3時間もかかるのに加え、結果が出るまで時間がかかる。しかも、こちらから問い合わせるまで、本部は連絡をくれないという。
「俺が本部に戻ったら、署で自由に画像解析できる資機材を開発して配ってやるから、待ってろ」
と、彼らに約束していたのだ。防犯ビデオ等の画像情報を迅速・的確に解析することは、特に初動捜査において欠かせない。簡便かつ短時間で処理できる高性能な画像解析システムを作り、各署に配布する必要があった。
操作は簡単で、画面の指示に従って作業するだけでいい。回収した防犯カメラの映像を取り込むとデジタル化され、毎秒30枚の静止画がたくさん並んだ状態になる。手動でも自動でも動画を再生でき、その中の欲しいカットを指定してボタンを押すだけで切り取れる。ノイズを除去して鮮明化もできる。あとは印刷ボタンを押せば、すべて終了だ。
解析の結果を報告書にまとめる作業が煩雑だったが、これも画像を取り込みながら、気が付けば出来上がっているようにした。どの場面でどのような解析を行なったか自動的に記載されるので、内容に関する証人出廷が発生した場合にも対応できる。
こうして、2つの資機材「DB‐Map」と「DAIS」が完成した。
捜査で得た情報・技術を組織で共有・蓄積するしくみを
そして平成14年9月、「情報・技術・科学を用いた捜査支援について」と題する、捜査支援業務に関する分厚い意見書をまとめた。
殺人などの大きな事件が発生すると、所轄に本部の捜査一課から部隊が入って、特別捜査本部ができる。警察内部では、帳場と呼んでいる。その事件に科学的に捜査する項目があった場合、学術的な解析を行なったり、大学の研究者や医者などの専門家から話を聞くことになる。ところが、得られた情報や新たな技術はその帳場だけで保有され、事件が解決したら終わりだ。科学の分野に長けた人間が個人の財産として保持するだけで、組織として共有したり蓄積する仕組みがなかった。
別の署で類似した事件が発生すれば、一から手探りか、経験のある捜査員に個人的に聞くしかない。そういう現実を誰もがわかっていた。しかし「現状はこうだ」と指摘するだけでは、文句を言うことと違わない。
ではどうしたらいいのかを整理し、必要な資機材のプロトタイプを開発するために、業者と話し合いを進めた。さらに、警視庁の中にどういう業務や係が新たに必要になるか、何人の人員が必要かという部分まで、作り込んでまとめたのが、この報告書だ。構想から1年が経っていた。
米田さんが刑事部長だったことは、本当に幸いだった。意見書を手渡して説明すると、
「これは面白い。重要だからすぐやろう」
と言ってくれた。次の週には刑事総務課から問い合わせがあり、担当者にプレゼンした。それを皮切りに、実務で関連する捜査三課、鑑識課や科捜研、ヒト・モノ・カネで関係する人事、企画、施設、装備、会計、用度など、あらゆる部署へ説明に奔走した。
警視庁で新しい係をひとつ作るだけでも大変だ。内部で根回しを重ね、いろいろな部署を説得し、警視庁の組織として合意ができてから、さらに東京都に説明して予算を取らなければならないからだ。実際に業務をスタートするには人を集めなければいけないから、ほかの部署の人員をがしてこなければならない。普通は5年かかると言われたのも、もっともだった。
性犯罪事件を解決
「服藤が、捜査一課から独立した組織を作ろうとしている」という噂は、あっという間に広がった。理解を示し応援してくれる人もいたが、反対する者も当然現れる。
しばらくして、ある管理官から、「服藤さん。あんたに頼むと何でも解決してしまうんだって? そしたら、これやってみてくれないかな」
皮肉交じりで渡されたのは、性犯罪の概要だった。
5年ほど前から杉並区と世田谷区で連続発生していた性犯罪で、捜査本部が設置されてしばらくすると犯行が途絶え、本部が一時閉鎖される。犯罪の再発生と共に、本部が再開される。それが5回も繰り返されていた。
内容を精査し、間違いなく同一犯と思われる犯行をピックアップした。プロファイリングの事件リンク分析である。開発したばかりのDB‐Mapを活用して解析を行なうと、事件が発生する日の現場近くに必ず現れる車があった。そこから、埼玉県在住の男が浮上する。
捜査本部はこの情報に基づいて捜査し、犯人を検挙した。わずか1週間しかかからなかった。私も驚いたが、捜査本部も驚いた。
しばらくして、別の管内で発生していた同種事件の依頼を受ける。こちらも数年にわたって、捜査本部が開設されたり閉鎖されたりしていた。しかし解析を進めてすぐ、葬儀屋に勤める容疑者に行き着いた。
「これからは科学捜査の時代だ。宇宙からの科学捜査をやろう」
この2件で一気に、新たなシステムは捜査員たちの信頼を得た。この後、各本部からさまざまな解析依頼が舞い込むようになる。
平成8年に科学捜査官に転任した直後から、東海大学の情報技術センターへ画像解析を依頼することがよくあった。技術力が高く、科捜研などで鑑定不能の案件も持ち込んで、結果を出してもらっていた。東海大学は人工衛星データの受信施設である宇宙情報センターも所有していて、坂田俊文教授が両方の所長を兼任されていた。
「これからは科学捜査の時代だ。宇宙からの科学捜査をやろう」
と、坂田教授はいろいろなことを親しく教えてくれた。大学を退官された後もお付き合いは続いた。平成14年春にお目にかかったときは、宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構=JAXA)の技術参与と、地球科学技術総合推進機構の理事長に就かれていた。
ご自身のこれまでの活動や研究から、米田刑事部長に参考になるプレゼンをしたいと言われ、1時間ほどの面会をセットした。その席で、坂田先生は突然、
「今度、内閣府からの委託で調査研究委員会を実施するので、ぜひとも服藤さんを委員にしたい。ご許可願いたい」
と申し出られた。何も聞いていなかった私は、面食らった。
米田刑事部長の了解が得られたので、宇宙開発事業団と東海大学が主催した「宇宙システムによる社会安全のための調査研究委員会」の委員として、平成17年まで活動した。坂田先生を委員長として、委員は各省庁・独立行政法人・民間研究所・大学教授や自衛隊OBなど、20名以上の錚々たるメンバーで構成されていた。日本が所有する宇宙インフラを、社会安全のためにどのように活用できるかがテーマだった。
坂田先生は、私を委員に選んだ理由をこう話してくれた。
「警察には、有事のときのホットラインが必要だ。でもたいてい、現場を知らない人が担当になってしまう。服藤さんは現場も科学もわかっている。だから声をかけたんだよ。有事のときは、衛星からの科学捜査を好きなようにやってもらうからね」
通信や放送への活用目的である「成層圏プラットフォーム」の一環で、飛行船を成層圏に6機打ち上げ、カメラを積んで気象や防災等のために日本列島を常時写す。たとえば山中から遺棄された死体が見つかったら、令状を請求して録画の中からその場所へ行った車を見つけ出し、帰り道をたどって犯人の家を割り出す。防犯カメラの映像やGPSを超えた宇宙からの科学捜査が、いずれ可能になるかもしれない。
(服藤 恵三/週刊文春出版部)