「子どもたちを守ることができなかった」――。栃木県立大田原高校の生徒ら8人が死亡した那須町の雪崩事故は27日で4年となる。事故現場となった茶臼岳を望む展望台で26日に開かれた追悼式では、遺族らが過ぎた時間をかみしめながら祈りをささげた。
追悼式は茶臼岳から雪と強い風が吹き付ける中で始まった。冒頭のあいさつで、事故で死亡した1年の高瀬淳生さん(当時16歳)の母晶子さん(54)は「4年前の3月27日もきっとこんな天気だったのでしょうか。風が強く吹いていて、寒くて、寒くて……。いくらでも防げる事故だった。彼らを守ることができませんでした」と声を震わせた。
「息子がいたことをつい昨日のように思い出せる。まだ信じられないし、受け入れられない。そんな状況で過ごしてきた4年間だった」。1年の奥公輝(まさき)さん(同16歳)を亡くした父勝さん(49)は式の後、事故後の日々を静かに振り返った。
毎朝、目が覚めると「やっぱり今日もいないんだ」と公輝さんのことが頭に浮かぶ。今でも毎日、成長した姿を想像するが、思い浮かばないことも増えてきた。「どういうところに就職して、何を好きになっていたんだろうと考えても(想像が)追いつかず、悔しい」と唇をかむ。
昨年までは、県側の対応への不信感や再発防止策への考え方の相違などから別々に追悼式を実施してきた。だが「事故の教訓を残すために必要」と、4年目にして初めて合同で実施した。「わだかまりは残っており、思いを一つにはできていない。だが対話を重ねて再発防止策や教訓を残す第一歩になればと考えている」と話す。
しかし、事故当日に引率した3教諭はこの日も参列しなかった。1年前に申し立てた民事調停にも一度も出席せず、弔問にも訪れていない。「一緒に追悼してほしいし、事故のことをしっかり語っていただきたい。事故と向き合い、息子たちのために何か動いてほしい」と求めた。【玉井滉大】