ミャンマーで解放され帰国したジャーナリスト北角裕樹氏と橋下徹氏の深~い関係

クーデターにより国軍が全権を掌握したミャンマーで、「フェイクニュース」を広めた罪で起訴され、刑務所に収監されていたフリージャーナリストの北角裕樹氏(45)が14日、帰国した。到着した成田空港で「ヤンゴンで起こっていることを伝えたい気持ちがあったが、帰国せざるを得なくなり、悔しい気持ちもある」と疲れた表情を見せていたが、一方でそのキャリアに注目が集まっている。「元橋下番」で、橋下徹元大阪市長肝いりの「民間人公募校長」で採用された大阪市立巽中学(生野区)の元校長だったからだ。

ミャンマーの国営テレビは13日夜、「ミャンマーと日本の友好や今後の両国の将来の関係を考慮し、解放される」と報道。先月18日に逮捕されて以来、26日ぶりの解放となった。

北角さんは元日本経済新聞記者で、2014年からミャンマーに移り住み、クーデターに抗議する市民のデモを取材。SNSや日本のメディアへ情報を発信していた。日経時代は社会部や消費産業部に所属。橋下が大阪府知事時代、取材した経験がある。

■就任から1年3カ月で退職

そうしたツテもあったのか、北角さんは大阪市の校長公募に合格。民間出身者11人のうちのひとりだった。1290人が応募する中、就任当時(13年)、37歳と最年少で話題になった。しかし、就任から1年3カ月後の14年7月、3カ月の減給処分を受け、そのまま退職した。

「着任早々、50代の教頭と口論になり、土下座して謝罪をさせ、休職に追い込んだ。6月には修学旅行で川下りをしていた生徒をボートから川に突き落とした。その後も教職員や保護者と揉め事が絶えず、〈独断的な学校運営〉と批判され、更迭を求められた。市教委は翌年3月、〈学校業務を停滞させた〉〈改善の可能性は低い〉と、北角校長に自主退職を求めたのですが、本人が応じなかったため、わずか1年で更迭する方針を固めたのですが、なぜか一転、留任となった。すると、北角校長は同校で学年主任などの校内人事を教員選挙で決めていたことを問題提起し、橋下市長から〈公募校長の大金星だ〉とベタ褒めされた。だがその2カ月後、保護者や教職員との懇親会で酒に酔って不適切な行為をしたとして、保護者が市教委に相談。重大な〈信用失墜行為〉とみなされ、処分された。橋下市長は当時、北角校長が処分を受けたことについて<かばうつもりはさらさらない>と、突き放しました」(学校関係者)

そんな北角さんが向かったのが、ミャンマーだった。14年から現地で情報誌の編集者として活動を始め、16年に独立した。

ネットメディアのインタビューで「世界一好きな場所はどこですか?」と聞かれ、「風が吹く荒野」と答えていた北角さん。軍による弾圧が続くミャンマーに、再び赴くのだろうか。