国連大使などを務めた大島賢三(おおしま・けんぞう)さんが5月29日、急性大動脈解離のため死去した。78歳だった。告別式は近親者で行う。喪主は妻・和子さん。
広島県出身。2歳の時に被爆し、母を失った。外務省に入省後は、経済協力局長などを歴任した。2001年に国連事務次長として参加した広島市での平和記念式典では、国連のアナン事務総長(当時)のメッセージを代読した。
04~07年に国連大使を務め、06年に北朝鮮が核実験の実施を発表した際には、安全保障理事会議長として初の制裁決議を採択した。
07年に外務省を退官した後は、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会委員や原子力規制委員会委員、一般社団法人「アフリカ協会」の理事長などに就き、10年からは読売国際協力賞選考委員を務めていた。