紀州のドン・ファンの墓に「早貴」と刻まれ…命日に遺族が嫌悪

(ジャーナリスト・吉田隆)

「紀州のドン・ファン」こと和歌山県田辺市の資産家・野﨑幸助氏(享年77)が亡くなって3回目の命日となった5月24日、田辺湾を望む天神崎のお墓にお参りに来たのは元従業員1人だけだった。雨が降る中、参拝者を確認しに来ていたテレビ局、新聞記者は肩透かしを食らわされた格好だ。

4月28日に妻だった早貴被告(25)が逮捕されて以来、初めての命日ということになる。ちなみに、昨年春早貴被告は裁判所に申請して、旧姓の須藤に苗字を変えている。

「報道陣に会いたくないから」と、ドン・ファンの実兄夫妻は前日に墓参を済ましていた。彼岸と命日には墓参を欠かさない夫妻であるが、早貴被告が逮捕されて気になっていることがあるという。

野﨑早貴建之ーー墓に刻まれている文字である。

「あれは削りたいなぁ」

兄の豊吉さんが言った。遺族にとって殺人犯かも知れない人物の名前が刻まれていることは、許しがたいことなのだろう。

■遺産を勝手に動かしていた田辺市

遺族が気になることがもうひとつある。それはドン・ファンが残したとされる遺言を巡ってのことだ。遺言書は死後の18年9月に田辺家裁に提出されて検認の手続きが取られた。そこには「遺産は田辺市にキフする」という文言が書かれていて、田辺市は19年秋に遺産を受け取ることを表明した。

しかし、この半年後に遺族は、あまりにも不自然な点が多いとして「遺言無効訴訟」を和歌山地裁に起こして審議は進んでいる。

ところが、である。ここにきて田辺市が遺産を勝手に動かしていたことが判明した。早貴被告が田辺から東京に乗ってきたドン・ファン所有のベンツの売却に、田辺市がGOサインを出したというのである。

それは昨年8月末のことだった。当時は遺言無効訴訟で田辺市と遺族側が対峙していたにもかかわらず、田辺市は遺族側へ何の連絡もしないで売却を認めたのである。遺産問題に詳しい大阪市の弁護士は、こう苦言を呈す。

「田辺市のやった行為は常識としてあり得ません。誰が決定したのかは分かりませんが、相手方がある案件ですから当然情報は開示するものです」

他の弁護士にも訊いてみたが、田辺市の行為は「常識外れ」との回答が返ってきた。だが、田辺市の横暴はさらに続いていた。酒類販売業であったドン・ファンの会社「アプリコ」は廃止状態になっている。アプリコには酒を運搬するためにトラックなど7台の車があり、野崎幸助さん個人の所有になっていた。2年ほど前、それらの車は駐車場から姿を消し、田辺市は「市が保管している」と話していたのだ。

しかし今回のベンツ売却で気になったので、改めてアプリコの車の行方について田辺市に質した。すると、「何台かは処分して(お金に)変えています。遺族に対して報告する義務はないと思っています。ウチが権利を持っていますから」と、担当者はシレっと言う。ただ、ベンツやトラックなどの売却の詳細については、「裁判のことがあるので話せません」と説明を拒むのである。権利を主張しながら、その内容について裁判を持ち出し誤魔化すのは全くフェアではない。

しかも、だ。田辺市は遺産はもらうがドン・ファンを敬う姿勢は皆無である。この命日にも市側の墓参はなかった。

「昨年も今年も田辺市は命日に墓参しませんでした。幸助さんの遺産を貰うと主張するのであれば、人としての道があるでしょう」

義姉はこう憤ったが、行政の側とドンファンの間には、さらに別の深い関係もあった。(つづく)