愛媛沖貨物船 沈没まで2時間50分 なぜ脱出できなかったのか

愛媛県今治市沖で外国船と衝突した大型貨物船が沈没し、3人が行方不明になった事故は、3日で発生から1週間。海上保安庁が捜索を続けているが、水深が深く、潮流も速くて長時間潜水できない。船内はまるで「迷路」(関係者)のようだといい、船長ら2人は見つかっていない。事故では外国船が貨物船の左舷に衝突した可能性が強まっており、海保などが詳しい経緯を調べている。
事故は5月27日午後11時55分ごろ、瀬戸内海の来島(くるしま)海峡付近で起きた。プリンス海運(神戸市)が運航する貨物船「白虎(びゃっこ)」(1万1454トン)と、マーシャル諸島船籍のケミカル船「ウルサン パイオニア」(2696トン)が衝突。白虎が転覆し、水深約60メートルの海底に逆さまに沈んだ。
船内の捜索に当たったのは、全国約1万4000人の海上保安官のうち37人(2020年度末)しかいない「特殊救難隊」だ。
その精鋭たちを苦しめたのが現場特有の潮流だ。来島海峡は「日本三大急潮流」の一つで、速い時は約10ノット(時速約18キロ)。潜水で船内に入るには、潮が穏やかになる6時間に1度の機会を狙うしかない。水深約50メートルの進入口まで往復する時間を考えると、船内で活動できる時間は1回10分程度だった。
さらに、船は全長約170メートル、幅26メートルと巨大。船内は細かく区画され、入り組んでいる。関係者は「真っ暗で上下逆さの巨大ビルを捜索するようなもの。中は迷路のようで、構造を理解していないと戻れない。恐怖感はものすごく、最も困難な任務の一つだ」と明かした。
行方不明になったのは貨物船の乗組員12人のうち、船長の佐藤保さん(66)▽1等機関士の小川有樹さん(27)▽2等機関士の上畠(かみはた)隆寛さん(22)――の3人。海保は5月30日、船尾にあり、船のかじなどを動かす操舵(そうだ)機室で上畠さんを発見、死亡が確認された。
その後、エンジンやボイラーなどを管理する機関室にも範囲を広げたが、捜索は難航。6月1日、「船内の全てが海水で満ちているとみられ、これ以上生存者が見つかる可能性はない」と判断し、潜水を打ち切った。船や航空機での捜索は今も続いている。
荷崩れで大きく傾いた可能性
今回、衝突から沈没までの時間は約2時間50分。1912年に北大西洋で沈没した豪華客船タイタニック号とほぼ同じだ。現代では比較的避難の余裕がある時間だが、3人はなぜ脱出できなかったのか。
神戸大の古荘雅生名誉教授(船舶安全学)は「荷崩れで船が大きく傾き転覆したため、逃げられなくなった可能性が大きい」と指摘する。当時、貨物船は神戸港から福岡県・苅田港へ向け、乗用車やシャシーなどを運んでいた。
実際、救助に当たった民間船「たかとり」の岩間孝典船長によると、貨物船の乗組員は「積み荷をくくりつけていたベルトが切れる音を聞いた」と証言。事故後、乗組員らは船の最上部にあるブリッジに集まって避難したが、機関士2人はいなかったとも話しており、機関室などにいて避難が遅れた可能性がある。
今後、焦点になるのが事故原因だ。現場は来島海峡の西端。当時、海峡内は左側通行、海峡外は右側通行で、両船の航路が交差する状況だった。関係者によると、貨物船の左舷前方にケミカル船がほぼ垂直に衝突した形跡があり、ケミカル船は船首部分の甲板が曲がり、マストも倒れていた。
海保は業務上過失往来危険などの容疑を視野に、貨物船とケミカル船の乗組員から事情聴取。運輸安全委員会も事故原因を調べている。【斉藤朋恵、中川祐一、古川幸奈】