京都アニメーション放火殺人事件から18日で2年。「どうして娘が犠牲になったのか」。亡くなった津田幸恵(さちえ)さん=当時(41)=の父、伸一さん(71)は遺品整理の傍ら、幾度となく問い続けてきた。ようやく日常を取り戻しつつあるものの、今も娘を亡くした喪失感や悲しみは癒えない。
「36人の方が死に際の苦しみと恐怖を経験した。思い出したくないが忘れることはない」。18日午前、伸一さんは産経新聞などの取材に対し、涙を浮かべながら言葉少なに話した。
幸恵さんは京アニでは、作品の絵を仕上げる「着色」を担当し「Free!」をはじめ作品のみずみずしい色使いを支えた。
事件後「何を思い出しても、幸恵の最期の姿に行きつく」と伸一さんは遺品の処分を始めた。制作に携わった作品のキャラクター衣装や絵コンテ、集めていた絵画-。段ボール箱100箱以上の遺品は幸恵さんの人生そのものだった。
最後の処分は2週間前。入社当時に使われた絵コンテのコピーを見つけ、厚さ15センチにもなる紙の束をシュレッダーにかけ2年にわたった遺品整理を終えた。
作業中も「なんで娘は殺されたのか」「もういないんだ」と答えのない問いと喪失感の繰り返しで心が擦り切れそうだった。
唯一残した遺品は、伸一さんが幸恵さんのために旅先で買った土産で、手のひらに乗る大きさの飛行機や電車の玩具など4個だ。当初は処分するつもりだったが、2年前の11月に産まれた孫娘が手にとって遊んだため、残すことを決めた。
あの日から2年の歳月が経過したが、青葉真司被告(43)の初公判の時期は見通せず、真相解明には程遠い。「悔い改めて被害者へ償いの言葉が生まれるのならまだ救いはある。そこだけは見届けないといけない」と静かに語った。(小川恵理子、鈴木文也)