「ようやく願いがかなった」「長かった」――。「黒い雨」訴訟で26日、菅義偉首相が上告断念を表明したことを受け、原告や関係者からは歓迎の声が広がった。ただ、菅首相は救済対象を今回の原告以外にも広げる考えも示しつつも具体的には今後の検討に委ねており、「早く全体の救済を」と気を引き締める人も。6年にわたる裁判の中で原告だった人のうち19人が亡くなっており、原告らは亡き仲間を思い「もっと早かったら」と複雑な思いで国の判断をかみしめた。
「よかった。とにかくうれしい」。原告の高東(たかとう)征二さん(80)=広島市佐伯区=はニュースで上告断念を知り、興奮した様子で話した。「原告以外の救済にも言及したのが一番うれしい」。そして、判決確定を待たずに亡くなった仲間を思い、「事実を素直に認めればすぐかたがついたのに。裁判にまで持ち込んで」とこれまでの長い闘いをかみしめつつ、具体的な救済方法について「黒い雨は放射性物質を体内に取り込む内部被ばくの問題。国はしっかり向き合ってほしい」と注文した。
上告断念が表明される前のこの日午前、市役所などを訪れ、上告しないよう求める署名8440筆を提出した原告団長の高野正明さん(83)=同=は「原告や支援者の声が届いた結果。支えてくれた皆に感謝したい」と声を弾ませた。原告以外の救済にも触れたことについて「原告だけが被爆者(健康)手帳をもらうために裁判を起こしたのではない」と話し、「早く全体が救済されることを望む」と気を引き締めた。
援護対象区域外の被害者は43年前に「広島県『黒い雨』原爆被害者の会連絡協議会」の前身団体を設立し、拡大を求め続けてきた。
「とても長かった。闘いが実ったよ、ありがとう」。西村千空(ちぞら)さん(77)=同市安佐南区=は団体の初代会長だった亡き父・花本兵三さんの写真にそう声を掛け、喜びをかみしめた。兵三さん亡き後、姉の前田千賀(ちか)さん(79)と共に原告団に加わった。「父たちが運動を続けてくれたことから始まったのかなと思う。結果が実ったことがとてもうれしい」と語り、「同じ所で同じように黒い雨を浴びた人には手帳を交付してあげてほしい」と望んだ。
原告の本毛稔さん(81)=同市佐伯区=は「最高だ」と喜ぶ一方で「一緒に闘った仲間たちはがんで亡くなったりした。もう少し、早く決まっていたら……」と悔しさもにじませた。共に黒い雨を浴び、2歳で亡くなった弟には「長い裁判だったけれど、ようやく認められたよ」と仏前で報告するつもりだ。
4歳の時に援護対象区域のすぐ外側で黒い雨を浴びた小川泰子さん(80)=同=は61歳の時に他の住民らと「佐伯区黒い雨の会」を設立し、活動してきた。体調悪化に伴い原告に加わるのは断念したが、原告以外の救済方針が示され、「やっと認められるかもしれない。ようやく夢を見られます」と嗚咽(おえつ)した。
国による援護対象区域の線引きを巡っては、長崎でも同区域外にいたため被爆者と認められない「被爆体験者」が同様の訴訟を提起。最高裁で敗訴が確定したが、一部原告が再提訴している。「黒い雨」訴訟の上告断念を受け、被爆体験者訴訟第1陣の原告団長、岩永千代子さん(85)は「正に英断で、亡くなった被爆者への弔いとなる」と喜び、「私たちに残された時間はわずか。全ての被爆者を救済するための道筋を早くつけてほしい。長崎でも重い扉が開かれることを期待している」と語った。
長崎市の田上富久市長は「喜ばしく思っている。広島の黒い雨体験者と同様に、長崎の被爆体験者も救済するため、爆心地から半径12キロの範囲の被爆地域の拡大を引き続き国に求めていく」とのコメントを出した。【池田一生、木村綾、益川量平、田中韻】