東北高(宮城)監督時代にパドレス・ダルビッシュらを育てたことで知られる若生正広(わこう・まさひろ)氏が27日朝、仙台市内で死去した。70歳だった。
若生氏は東北、法大、社会人野球・チャイルドで投手として活躍。現役引退後、埼玉栄監督を経て母校・東北の監督に就任し、03年夏に当時2年生だったエース・ダルビッシュを擁して甲子園準優勝を成し遂げた。九州国際大付(福岡)監督時代の07年に国指定の難病「黄色靭帯骨化症」を発症。車いす生活を強いられながら采配を続け、11年センバツには三好(現広島)―高城(現DeNA)のバッテリーで準優勝を果たした。
15年から再び埼玉栄の監督を務め、19年4月に勇退を発表していた。東北と九州国際大付を春夏合わせて11度の甲子園出場に導き、通算成績は16勝11敗だった。