7月29日、オマーンのマシーラ島北東のアラビア海で日本企業が所有するタンカー「マーサー・ストリート」(リベリア船籍、運航はロンドンに拠点を置くイスラエル系企業「ゾディアック・マリタイム」)がドローン攻撃を受け、2名が亡くなる事件が起きた。ドローンがタンカー攻撃を行ったと公的に認定されたのは初めての出来事であり、さらに死者が出たのも今回が初だ。
しかも今回の攻撃では艦橋に自爆ドローンが命中して、船長を死亡させた。つまり、意図的に命中個所を選んだ可能性が高い。これは今後のシーレーン防衛を考える上で頭の痛い問題だ。
注視すべきは攻撃のやり方
今回の攻撃について、中東エリアを管轄する米中央軍司令部はドローン攻撃と認定した。マスメディアの取材に応じた米政府関係者は、「自爆ドローンによる攻撃であり、他のドローン(おそらくは偵察用)も参加していた」と述べた。
米海軍のこの地域を管轄する第5艦隊も、記者会見にて爆発物の専門家が「マーサー・ストリート」に乗り込んで調査した上でドローン攻撃と認定し、自爆ドローンによる攻撃だったと事実上認めた。
また公開された「マーサー・ストリート」の被弾した画像からも、自爆ドローンであったことが破壊の程度や独特の破孔から推察される。
今回の事件を受けてイスラエル政府や英国政府は即座にイランによる攻撃と断定しているが、注視すべきは今回の攻撃のやり方だ。
AP通信が報じたところによれば、米政府関係者は「ドローンによる攻撃は、タンカーの艦橋(ブリッジ)の上部から突入し、船長らを殺害した」と匿名を条件に話したという。つまり、自爆ドローンはタンカーのもっとも重要かつ少量の爆薬でも効果が見込める艦橋を意図的に狙った可能性が高い。
自爆ドローン自体にもカメラが付属するタイプも多いこと、偵察ドローンも現場にいたこと、イランの支援するフーシ派が民間用の衛星通信を使って自爆ドローンを誘導していた実績があることからも、現実味を帯びている。また、近くに別の船舶がいたとの情報もあり、これが誘導や操作をしていた可能性があることにも注目すべきだ。
ドローンによるタンカー攻撃とおぼしき事例は、これまでもこの地域で幾つか散見されていた。しかし、いずれも未遂であったり、被害の程度として船体や甲板が燃えただけであった。さらに、ドローン攻撃であったと断定する証拠に乏しい「未確認情報」にすぎなかった。
安価で確実にシーレーンを攻撃
それでは今回の事件の意味するところは何か。
第1に、シーレーン攻撃に安価で確実な手段が増えたということだ。今回の攻撃はイランの関与が疑われているが、どのような自爆ドローンで実施されたかは不明だ。しかし基本的に自爆ドローンはミサイルよりも安価だ。例えばイスラエル製無人攻撃機「ハーピー」は、アメリカの空対地ミサイル「ヘルファイアミサイル」の7割のコストで製造できる。
しかも民生部品で構成されているために足が付きにくいことから、サイバー攻撃と同様に政治的にも安価だ。
手段としても今回の件で確実性を増したといってよい。とうとう海上目標の特定箇所に命中させる段階まで進んだ可能性が高いからだ。
民間船舶の艦橋に向かって自爆ドローンが次々と飛来する事態になれば、運航に支障をきたしてしまう。今回、船長とともに警備員が亡くなったように、この海域では海賊に対抗するための武装した傭兵を乗船させることが一般的になっているが、対ドローンレーダーに加えて対空火器をタンカーに載せることは法的にもコスト的にも難しいだろう。
しかも軍艦で護衛しようにも、その数は限られており、あまりに海域は広く、船舶は多い。よしんば護衛できていたとしても、たかが8機のドローンでも迎撃は困難であると米海軍大学院の研究で証明されている。
安価で確実にシーレーンを妨害できるようになり、今後の大きな課題になることは間違いない。早急な対策が必要だ。
ドローン対処はイージス艦でも難しい
第2は、軍事的にも大きな問題になる可能性がある。
実はイージス艦であってもドローン対処は難しい。例えば、2012年の米海軍大学院における研究「UAVのスウォーム攻撃:駆逐艦の防護システムの選択肢(UAV swarm attack: protection system alternatives for Destroyers)」を見てみよう。
この研究は、イージス艦に対し、ドローンを突入させた場合の迎撃可能数を研究したもので、軍事専門誌の「Defense Tech」などが米海軍大学院における複数の研究の代表例と評するものだ。米海軍の主力であるアーレイバーク級イージス艦に、イスラエルのハーピー型自爆ドローン4機と手作りドローン4機が沿岸部から同時攻撃した場合のシミュレーションを500回実施して、その防空手段を検討している。
ハーピーはレーダー信号を逆探知して突入するタイプであり、手作りドローンは沿岸部から発進して海上の漁船から操作して突入させるタイプである。
シミュレーションの結果、通常の場合は3.82機のドローンがイージス艦への突入に成功し、対空砲であるCIWSを2基増設すると2.5機、電子妨害装置を増設した場合は2.57機、RQ8無人機から発射するデコイでは2.81機、艦艇からのデコイでは3.05機、煙幕では3.24機が突入する結果となった。CIWSの増設がもっとも効果的であり効率的だと結論付けているが、それでも完全な防御からは程遠いのが実情だ。
また、「イージス艦の戦闘システムは高速、レーダー断面の大きい目標と交戦することに特化しており、UAVのような低速、レーダー断面の小さい目標に対しては脆弱である」「レーザーは連射が効かないことから自爆UAVが複数襲来する状況では問題になる」とも指摘している。
船体のどうでもよい部位に激突したのであれば、30kg程度の炸薬の自爆ドローンは大した影響はないだろう。しかし、レーダーや発射したミサイルを誘導するイルミネーターに命中すれば、その戦闘能力は喪失してしまう。今回のように艦橋に命中すれば、CICがあるにせよ航行に支障をきたすだろう。
「物理的な破壊だけが小型ドローンのもたらす脅威ではない」
本研究が発表されたのは2012年であり、その後さまざまな対抗手段も発展した。しかし、この9年間でドローン技術はさらに飛躍的に発展している。それは先のアゼルバイジャンとアルメニアの戦争を持ち出すまでもない。
実際、今年の初夏にも米海軍は、実験船にドローン探知及び迎撃システムを搭載し、複数のドローンによる同時攻撃に対処する実験を行っている。そして、この件を軍事専門誌で報じたブレット・ティングリー氏は、「小さなドローンは艦船を沈めることはできないが、重要な箇所を攻撃することで無力化(mission kill)することができる。それが複数やってくればなおさら脅威となる」「物理的な破壊だけが小型ドローンのもたらす脅威ではない。小型ドローンをおとりとして使ったり、防空システムや通信を妨害できる。小型ドローンで集めた情報を元に、他のプラットフォームから攻撃することができる」とも指摘している。
今回の事件は非武装かつ対空レーダーもない無防備なタンカーだった。一概に比較することはできないが、今後の海上戦闘においても自爆タイプを含めたドローンの活用が飛躍的に進んでいくことは間違いない。
特にドローンを正しく認識することが難しいのは、1年後、数年後、10年後、20年後、30年後の技術の時間軸の把握が必要でありながら、その時間軸がイノベーションによって入れ替わるということだ。極論すれば、10年後の技術が明日実現し、1年後の技術が数年遅れたりもするのだ。
日本は自爆ドローンや攻撃ドローンを未だに1機も保有していない
日本にとっても決して無関係な話ではない。最新技術を絶えず、実際に運用することでノウハウや知見を蓄積し、新たな作戦構想や産業政策を描いていくことが求められている。日本の防衛省は、最新版の防衛白書にて、ようやくドローンが正規戦においても有効であることを認めた。しかし、自爆ドローンや攻撃ドローンを未だに1機も保有していない現状は変わらない。リースでもかまわないのでまずは調達した上で、早急に検証を行うべきだ。
自衛隊のガラパゴス化は疑いようのない事実である。例えば、インドネシアは攻撃用ドローンを開発し、今年初飛行の予定となっている。ハーピーの後継タイプであるハロップは、対艦用タイプが開発されているがアジア某国にすでに販売されたとの報道もされている。
日中間で不幸にして戦争が生起した際に、緒戦で水上に遊弋する貨物船や沿岸部に紛れ込んだ工作員が自爆ドローンを放ち、護衛艦隊が半壊状態もしくは対空弾薬を射耗したところに中国艦隊が侵攻してきたのでは防衛はままならない。
かつて、米海軍は英軍が航空攻撃によって停泊中の戦艦を撃沈及び大破せしめたタラント空襲の戦訓を軽視し、日本海軍による真珠湾攻撃で大損害を蒙った。その愚行を近い将来に今度は被害者として繰り返してはならない。
【訂正】記事内でタンカー「マーサー・ストリート」について「日本郵船グループが所有する」と記載しておりましたが、そのような事実はございませんでした。お詫びして訂正します(※2021年8月4日12:30修正)。
(部谷 直亮)