「盲目の戦争孤児」体験が教科書に掲載 京都の小倉さん「犠牲はいつも弱い人たち」

太平洋戦争で戦災孤児になった京都市左京区のマッサージ師小倉勇さん(89)の体験が、学び舎(東京都)の中学校の歴史教科書に実名で掲載され、今春から京都など全国36校で使われている。証言活動を続けてきた小倉さんは「戦争で犠牲になるのはいつも弱い人たち。二度と戦災孤児をつくってはいけない」と訴える。
小倉さんは福井県敦賀市で暮らしていた13歳の時、母を空襲で亡くし、父も病気で失った。東京や大阪、京都の駅やガード下で雨風をしのいだ戦後の2年間で緑内障を発症して両目の視力をほぼ失った。
教科書では「盲目の戦争孤児」の小見出しで、終戦後の子どもと教育を振り返るコーナーに11行掲載されている。孤児となって身を寄せた親戚宅で「なんで面倒を見なければならないのか」と虐げられ、家から逃げ出して仲間の空き巣を手助けしたことや、京都府の戦災孤児の一時収容所で恩師と呼べる職員と出会えたのを機に「悪の道」に入らずに済んだことを紹介。当時、戦災孤児が少なくとも12万人いたとも指摘している。
執筆・編修者は「『火垂(ほた)るの墓』の影響が大きく、戦災孤児はみんな死んでしまったと思われがちだ。たくましく生きたリアルな実態も知ってほしい」と願う。