小田急線で痛ましい事件が起きた。乗客のひとりが、無差別に刃物で周りを襲い始めたのだ。逮捕された対馬悠介容疑者について執筆時点でわかっていることをまとめると、以下の通りとなる。
◆<犯行後、小田急線刺傷事件の犯人についてわかっていること>
・犯行前に万引きをしようとして失敗。女性店員を襲おうとしたが、失敗していた
・「かつてサークル活動で知り合った女性に見下された」「6年ほど前から幸せそうな女性を見ると殺したいと思うようになった」など、女性を恨む発言を繰り返している
・事件の少し前から、生活保護を受けていた
・中央大学理工学部に進学したものの、大学を中退していた。その後は職を転々とし、肉体労働をしていた。今年に入ってからは仕事をしていなかった
・事件でサラダ油をまき、火をつけようとしたがサラダ油がそのような状態では着火しないと知らなかった
情報を並べるだけでも「貧困」「新卒就活での失敗」「女性蔑視」「計画性があったかなかったか曖昧な犯行のようす」など、さまざまな議題が上がってくる。
◆女性への復讐だけが動機だったのか?
これら報道のなかでも、「女性を憎む発言をしていた」という一点のみが、ネットでは大きな話題になった。
そして #幸せそうという理由で私たちを殺さないで というハッシュタグで、女性らが自分の幸せそうな暮らしぶりを見せる画像をアップロードする動きが広まった。
この #幸せそうという理由で私たちを殺さないで 運動に対し、急速に「被害者の感情を無視している」「煽っているようにしか見えない」との反感も広まった。そして、代替案として #迷惑な抗議活動より被害者支援を という呼びかけがなされた。
そして瞬く間に、公益社団法人「全国被害者支援ネットワーク」への寄付活動が盛んになった。この呼びかけに応じ、わずか数日で350人以上が寄付活動に参加したことが明らかとなっている。
私自身も、悲惨な犯罪が起きてしまってすぐに、被害者の回復を願うこともせず、あるいは加害者の実像を洗い出して事件の背景を探ることもせず #幸せそうという理由で私たちを殺さないで の名のもとに写真を投稿する行動には、大きな意味を見いだせなかった。
これが、女性が不当に恨まれた事件であることは間違いない。そして、私たちは、「女だから」という理由で殺される理由などない。だが、その相手へ「幸せな自分」を見せつける必然性はあっただろうか。私にはむしろ、さらなる犯行を煽っている行為にすら見えた。
ここから先は、「そういう意見を持っている筆者である」という前提で話をご覧いただければと思う。
◆犯罪へのハードルが低い「無敵の人」とは?
そもそも、無差別殺傷に走る人(今回は不幸中の幸いにも死亡者は出なかったが、同類の犯罪といえるだろう)は、どういう人か。インターネット掲示板の2ちゃんねる(現:5ちゃんねる)創設者であるひろゆきさんは、これを「無敵の人」と呼んだ。
普通の人は、逮捕されると仕事や信用を失い、社会的にダメージを追う。罰金刑をくらえば、金銭的負担も大きい。
だが、もともと無職で、罰金を科されても払うこともできない、家族も友人もいない人がいれば、その人には失うものがない。むしろ刑務所で衣食住が保証されるだけ、現状よりも恵まれた環境に行けてしまう。失うものがなければ、犯罪をおかすハードルが下がってしまうのだ。
これをひろゆきさんは2008年に「無敵の人」と名付けた。「無敵の人」はすぐさまインターネットミームとして広まり、現在も使われている。
◆無差別殺傷事件の犯人は「無敵の人」が多い
法務省『無差別殺傷事犯に関する研究』を読むと、無差別殺傷事件の犯人は限りなくこの「無敵の人」に近い。犯人の77%が月収10万円以下、または無収入だ。
無差別殺傷事件の犯人の学歴を見ると、大卒は4%。厚労省と河合塾のデータを掛け合わせると、平均の12分の1の割合しか大卒がいない。結婚しているのも52人中2人だけ。ほとんどの犯人は結婚していない。これも、日本の平均的な数字から大きくかけ離れている。
無差別殺傷事件の犯人たちには、友人すらいない。犯行時に親密な友人がいた者はわずか6%。犯人には恋人も友人もいない、まさに社会との接点が薄い人が多いとわかる。
◆溜めをなくすと「無敵の人」になれてしまう
貧困に詳しい社会活動家の湯浅誠さんは、貧困について「溜め」の概念を繰り返し説いている。貧困とは、単純にお金がない状態ではない。お金と、頼れる人間関係、そして精神的なエネルギー。これら3つが尽きた状態であろう、というものだ。
筆者も、さまざまな人生相談を受ける中で「逆境を乗り越える人と、世間を恨む人の差」について調べてきた。その中で、お金と社会の両方から切り離された人は、瞬く間に「無敵の人」となれてしまうと考えている。お金がなくても助けてくれる友人や親がいる人は、頑張ろうと思える。
しかし、財布も空で、助けてくれる人がいないどころか軽蔑や罵倒を受けている人は、すぐに心がすり減ってしまう。そして、世間を恨むようになる。世間を恨んだとき、狙われるのは「自分より弱者」または「恨んだ相手に似ている誰か」である。
今回の犯人は、世間の代表として恨んだ相手が「女」だったのだろう。
「かつてサークル活動で知り合った女性に見下された」
「出会い系サイトで出会った女性とデートしても途中で断られた」
と、恨みの原因を語っている。
こんな理由で殺されてもたまったものではないが、被害にあったのはさらに恨んだ相手と似た属性を持つだけの他人だ。しかも、犯人は結果として男女問わず傷つけた。結局「この世界全部が憎い、女はその代表みたいなもの」というのが、一番近い感情だったのではないだろうか。
◆「無敵の人」を減らすことが、犯罪抑止策
ここから先は、類似した犯罪をどう減らすべきか、の話をしよう。今回の犯人は女性を逆恨みした。だが、たとえ女性を不当に恨む人間が生まれたとしても、食べていけるだけの月収と、支援があったらどうだろうか。
その人は私にとって望ましい相手ではないが、少なくとも他人を脅かす「無敵の人」にはならない可能性が高くなる。必要なのは再発防止であり、そのためにも支援が必要だ。
「支援」という言葉は、言うは易し行うは難しであることは、筆者もよくわかっている。そもそも、支援をまともに受ける書類手続きが不可能な知的ボーダーラインの人だったらどうするか? 精神疾患で安定した情緒が持てず、支援者も逃げ出したくなるほどの性格だったら?
◆支援は「弱者を助ける」のみならず
これをご覧のうえで、実際に支援をした経験がある人間なら、きれいごとで「弱者を助ける」なんて言えないことがわかるだろう。弱者は誰しも、喜んで支援を受け入れてくれる人ばかりではない。むしろこれまでの差別や罵倒に傷つき、こちらを恨む可能性すらある。しかし、それでも助けねばならないのだ。
「いま苦しむ人のため」などというおためごかしですらない。これは日本の治安の話であり、私にもあなたにも関わることだからである。
今回の犯人と同じように人生へ絶望し、無差別刺傷事件を起こす「無敵の人」を減らすために……。まず私たちができるのは、すでに支援の現場にいる人へ、金銭でも言葉でも人材でも、サポートを届けることだろう。
<文/トイアンナ>
【トイアンナ】
トイアンナ氏 慶應義塾大学卒。P&Gジャパン、LVMHグループでマーケティングを担当。独立後は主にキャリアや恋愛について執筆しつつマーケターとしても活動。著書に就活本『就職活動が面白いほどうまくいく 確実内定』。Twitter→@10anj10