東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)が22日、岩手県陸前高田市に開館し、県内外から約2000人が訪れた。津波で全壊した「道の駅高田松原」も同館に隣接して再建され、本格オープンした。
同館と道の駅は、国が被災3県に一つずつ整備する復興祈念公園内にあり、震災伝承や観光の中核を担う。公園には奇跡の一本松や気仙中学校などの震災遺構も含まれる。
午後1時半の伝承館開館を前に、入り口には来場者が列を作った。訪れた人は展示を見て涙を流したり、真剣な表情で解説員の説明に耳を傾けたりしていた。
一方、道の駅には地元産の野菜や海産物が並び、多くの買い物客でにぎわった。同市高田町の無職、柳下サキ子さん(68)は「前の道の駅はみんなが集まる場所だったから、復活してうれしい。新鮮なものがたくさん売っているのでまた来たい」と喜んでいた。【三瓶杜萌】
地元出身解説員 戸羽純子さんが特に伝えたいのは「過去の津波の歴史」
開館した伝承館で来館者を迎えるのは10人の解説員だ。英語や中国語、韓国語で対応できる解説員もおり、津波の脅威や教訓を後世に伝える同館で、大きな役割を担う。陸前高田市出身の戸羽純子さん(56)は「初めて津波のことを知る人にも、津波への恐怖を抱える人にも、寄り添えるような解説をしたい」と語る。
「つらい思いをした人を傷つけたくない。でも、なかったことにはできない。津波のことを伝えるのはとても難しい」。そう言って戸羽さんは津波の映像を見つめた。伝承館では津波の恐ろしさを伝えるため、津波の映像や、被災してひしゃげた実物の気仙大橋の一部などを展示する。「最初は館内を一周すると涙が出てきてしまった。だけど、あの時を知っているのは私の強みでもある」
震災当時、戸羽さんは医療用品を納品する仕事で大船渡市の病院にいた。高台にあった自宅と家族は無事だったが、同じ地区の多くの住民が流された。
「自分のできることをしたい」とすぐに仕事に復帰した。陸前高田市から大船渡市に向かう道にはがれきが散乱していたが、日を追うごとに片付いていく光景を見て、支援のありがたみを感じた。震災から月日がたち、街が復興していくのをうれしく思う一方で、「高田の復興のお手伝いは何もできていないな」とも感じていた。
だから解説員の募集を知り、「これだ」と応募した。4月からの研修は、初めて知ることばかりだった。故郷にかつて襲来した津波の被害、震災当時の支援がどのように行われていたのか。知れば知るほど、支援への感謝と「津波の教訓を伝えなくては」という気持ちが高まった。
戸羽さんが特に伝えたいのは、過去の津波の歴史だ。「何度も来ていたんだよ、いつどこに来てもおかしくないんだよ、ということを知ってほしい。二度と悲しい思いをする人が出ないように」と願う。