池袋暴走事故遺族の松永拓也さん 「犯罪被害者に特別休暇を」

東京・池袋の乗用車暴走事故で妻子を亡くした松永拓也さん(35)は、事件・事故に遭った本人や家族が心身の被害を回復させるために一定期間、仕事を休むことができる「特別休暇制度」を各企業に義務づけるよう国に求めている。今年2月、所属する「関東交通犯罪遺族の会(あいの会)」のメンバーと共に、厚生労働省に要望書を提出した松永さんは「被害者や家族には事件と向き合う時間が必要だ」と強調する。
都内の企業に勤める松永さんは2019年4月の事故後、忌引や有給休暇などを合わせて約1カ月間、休みを取った。捜査に協力したり裁判準備を進めたりしたほか、精神的な支援が必要と感じてカウンセリングも受けた。「2人が亡くなった悲しみに苦悩し、命を絶つことも考えた。それでも、この1カ月があったから乗り越えられた」と松永さんは振り返る。
厚労省が20年、全国の従業員30人以上の企業1万社を対象に実施したアンケート(回答は2397社)によると、休暇制度を「導入済み」と回答したのは50社(2・1%)にとどまり、制度を知らない企業は2112社(88・1%)に上った。導入していない企業に理由を聞いたところ、「従業員からの要望がない」「個別に対応する」などの答えが目立った。一方、09年に始まった裁判員制度の裁判員に選ばれた従業員を対象にした休暇は924社(38・5%)が設けていた。
「会社の同僚・部下が、ある日突然犯罪被害者に。被害回復のための休暇について、考えてみませんか?」。厚労省はホームページなどで休暇制度の検討を企業に呼び掛けている。犯罪被害者に対する国の施策をまとめた犯罪被害者等基本計画でも制度の必要性は認められた。しかし、法的な規定はなく、具体的な動きは見えない。厚労省の担当者は「社員の少ない企業が休暇制度を導入するには、休んだ人の仕事をカバーする人材の確保などが課題となっている。仕事での労災と異なり、私的な被害を会社に伝えにくい側面もあるのでは」と話す。
「あいの会」代表の小沢樹里さん(40)は08年2月に義理の両親を交通事故で亡くしたが、特別休暇の取得については「当時と何も状況が変わっていない」と憤る。同会代表顧問の高橋正人弁護士も「国は企業に自助努力を求めるだけ。遭いたくもない被害に遭った人にこそ休暇制度はあるべきだ。国は潜在的な声をすくい上げ、労働基準法を改正し制度を義務化してほしい」と主張する。
一方、制度の導入に踏み切った企業もある。広島県府中市の産業廃棄物処理会社「オガワエコノス」は18年、通常の有給休暇とは別に「災害・犯罪被害支援休暇」を設けた。同社では以前から、家族の介護やセクハラ・パワハラ被害を理由とした休暇を認めるなど、社員の意思に反して仕事が続けられなくなる状況をなくすための取り組みを進めている。18年6~7月の西日本豪雨では、約250人いる社員の約1割が自宅の復旧などを理由に休みを取った。
同社の塚本知宏・人事総務部長は「犯罪や災害などによる心の被害はとても重く、回復に個人差もある。心と体の傷が癒えるまで待つことで、どんな境遇になっても安心して働ける会社だというメッセージを社員に届けたい」と話している。【柿崎誠】
「人を恨み続けるのはつらい」
松永さんは今年8月、毎日新聞の取材に対し、「人を恨み続けるのはつらい。1審判決が出たら、もう争いを終わりにしたい」と公判に対する率直な気持ちを語っていた。
その理由については、「(妻真菜さんと長女莉子ちゃんの)2人の命が戻ってくるわけではなく、どんな判決でも救われない。裁判が続く限り、真菜や莉子が望んだ『他者への愛にあふれた自分』になることはできない」と説明した。
6月の公判で飯塚被告に直接質問する前のインタビューでは、無罪主張を続ける姿勢に「鬼になろうと思う」と強い決意をにじませた。しかし、8月の取材では「自分自身がしたことを受け入れ、心からの謝罪をしてくれたら、前を向いて生きていける」と述べ、最後の期待を寄せた。
判決には「厳罰を求める考えや刑務所で罪を償ってほしいという気持ちは持ち続けているが、現実は何も変わらない。期待も不安もない」と冷静に受け止める意向を示していた。【柿崎誠】