臨床心理士・経営心理コンサルタントの岡村美奈さんが、気になったニュースや著名人をピックアップ。心理士の視点から、今起きている出来事の背景や人々の心理状態を分析する。今回は、菅義偉首相の突然の退陣表明で、大きな関心を集めている「次期首相」の行方について。
* * * 菅首相の突然の総裁選不出馬表明から、テレビや新聞はこの話題一色。8月に26%まで落ち込んだ内閣支持率とともに、自民党支持率も32%まで低下していたのに、最新の世論調査の結果では、なんと自民党支持率が36%にアップしているのだから驚きだ。
自身の政治的手腕やリーダーシップが招いた批判の数々や支持率低下は一旦横に置き、党の役員人事に内閣改造、総裁選出馬へと、これまでと違う意欲と動きを首相が見せる度に、我慢を強いられてきた国民心理は冷え込み、支持率もみるみる落ちていった。横浜市長選の惨敗もあり、「菅首相では選挙は勝てない」という意識以上に、党内では菅離れが進んでいたことが露になった格好だ。「二階外し」と騒がれたものの、重鎮である二階俊博幹事長の交代も現実となりそうだ。
菅首相のこの動きが功を奏し、自民党はこれからどうなるのか、どうするのかに注目が集まった。「利用可能性ヒューリステック」が生じたからだ。人は、目に付きやすい情報や印象的な事柄、繰り返される報道ほど思い出しやすくなるという。だが、思い出す、思い浮かぶだけでは自民党の支持率は上がらない。変わるきっかけとして、流れを変える機会が必要になる。
支持率が落ち続ける首相が権力闘争に意欲を見せておきながら、諦めか挫折か、どちらにしろ突然の不出馬を表明。これぐらいのサプライズがなければ世間もメディアも驚きはしなかったし、自民党内にある現状への危機感も伝わらなかっただろう。
総裁選では誰が出馬するのか、派閥の動きはどうなるのか。誰が誰を支持するのか。票を巡る駆け引きについて、連日のようにメディアが追いかけ、情報番組では政治評論家やコメンテーターが各々の見解や意見を披露する。出馬を表明した政治家情報は嫌でも目にするし、関心が無くても自然と耳に入ってくる。繰り返しメディアで取り上げられれば、人々の注意や関心はおのずと高まる。メディアの報道が選挙を左右するのは明らかだろう。
“次の首相に誰がふさわしいか”という緊急世論調査では、河野太郎行政改革担当相がトップ、次いで岸田文雄前政調会長となった。だが、今後の報道によってはどうなるか分からない。好意的な報道が流れるほど、「次期首相はこの人」というムードが作られ盛り上がる「利用可能性カスケード」という心理的な連鎖反応が起こるからだ。
メディアの報道如何によって、候補者に対するイメージや好感度、期待度は変わってくる。特に総裁選は通常の選挙のような公職選挙法が適用されず、報道に厳しい制約も無い。さらに、今回は前回のような簡易型の投票ではなく、党員投票も行われるため、それを報じる各メディアの姿勢や視聴率による影響も大きい。
自民党は総裁選を巡り、29日の投開票まで「公平・公正な報道」を新聞・通信各社に要請した。だが、自民党としての思惑もあるはずで、あからさまには出来ないものの、いかに利用可能性カスケードを上手く利用するのかが選挙の勝敗を左右するのも事実だろう。このバイアスを利用して国民にとってより、党にとって有利な方向に総裁選が進まないことを願うばかりだ。