広島県立歴史博物館(福山市西町2)が所蔵する古地図コレクション「守屋寿(ひさし)コレクション」から、中国・清朝皇帝が所有していた絵図「海洋清晏(せいあん)図」の写本が見つかった。海洋清晏図は1923年関東大震災で焼失。写本には上海から長崎に至る航路や長崎港の絵図などが描かれており、博物館は「17世紀末から18世紀初頭の日中間の交流を知る貴重な資料」としている。10月1日から開催予定の秋の企画展で公開する。【関東晋慈】
海洋清晏図は1700年代初め、康熙帝(こうきてい)が日本の情報を得るために派遣した役人による報告書の一つと考えられている。1900年代初頭の清末期の混乱の中、日本に運ばれ、東京帝国大学図書館が所蔵していたが、1923年関東大震災で失われた。白黒画像を掲載した書籍が残っている。
写本は「琉球国図」と題した絵巻物(縦52・7センチ、横8・22メートル)。長崎港の絵には、長崎奉行所や出島、中国人居住地の唐人屋敷、港内に停泊する中国船やオランダ船が描かれている。1689年に設置された唐人屋敷は描かれているが、1702年に築かれた人工島「新地」の記載はなく、この間の風景にあたると推定される。清朝の画家の署名があるが真偽は不明、来歴も不明という。
博物館は約5年前、巻物の評価を近世琉球史が専門の東京大学大学院、渡辺美季准教授に依頼。渡辺准教授が海洋清晏図との類似に気づき、知人の台湾研究者の協力を得て、写本であることが特定された。渡辺准教授は「中国による近世の長崎の絵図は珍しく、日清関係が形成される過程を確認できる。清朝による情報収集の実像に迫ることができ、価値ある発見だ」と話している。
写本は、福山市出身で元メリルリンチ日本証券会長の守屋寿(ひさし)さん=東京都=から博物館に寄贈された古地図を中心とする1350点の「守屋寿コレクション」のうちの1点。同館は「琉球国図は失われた一級資料を補う貴重なもの。コレクション受贈記念の企画展で実物を見てほしい」としている。