東日本大震災の被災地、岩手県釜石市で25日、ラグビーワールドカップ(W杯)の公式戦が行われる。会場となる釜石鵜住居復興スタジアムに近い旅館「宝来館」のおかみ、岩崎昭子さん(63)は、誘致段階から地元開催を求め声を上げ続けてきた。「選手にも観客にも、釜石でやって良かったと感動してもらいたい」。試合当日は観客席から両チームに声援を送る予定だ。
2011年3月11日。岩崎さんの脳裏には、濁流の中から見た青空が焼き付いている。宿泊客や地域住民を旅館の裏山に避難させ、自らも避難道を登りかけたところで津波にのまれた。周囲がスローモーションのようになり、「ああ、54歳で死ぬ運命だったんだなあ」と思ったところに、バスが流れてきた。必死ではい上がり、九死に一生を得た。
4階建ての旅館は2階まで浸水したが、100人を超える避難者を受け入れた。風景が一変した鵜住居地区の惨状に、「別世界に飛ばされたようだ」と衝撃を受けた。
ラグビーW杯の誘致に心を動かされたのは震災の約2カ月後だった。「ここの風景はオーストラリアのスタジアムと似ている。W杯もある。釜石はラグビーの町だからいっぱい関係者が応援に来るぞ」。旅館を訪れた岩手県出身の元ラグビー日本代表選手からそう励まされた瞬間、「だったら釜石でやってけれ」と声を上げていた。「その光景が見えたような気がして、目の前が明るくなった」と振り返る。
かつて日本選手権7連覇を達成した新日鉄釜石の拠点だった同市で生まれ、町とラグビーの「華々しい時代」を知る岩崎さん。復興支援のために設立されたNPO法人「スクラム釜石」が東京で開いた会合にも駆け付け、「私たちには希望が欲しいんです」と訴え、誘致活動を後押しした。
15年3月、釜石市は開催都市に選ばれた。スタジアムは昨年8月に完成し、今年になって同市中心部への復興支援道路や、三陸鉄道リアス線がつながった。
震災から8年半。「被災地は大変なことも山ほどあるが、目標に向かってまっしぐらという時間を過ごさせてもらった」と話す岩崎さんは、「挑戦し続けることが生きることだ」と実感している。
釜石市には2試合で計4カ国のチームが訪れる。「余計なことを考えず、ただ楽しみたい」。岩崎さんは声を弾ませた。