【紀州のドン・ファンと元妻 最期の5カ月の真実】#57
野崎幸助さんと愛犬のイブは16年間も一緒に暮らしてきた。その死と向き合えば、家族の一員を失った時のようなつらさを感じることになるのだろう。
イブは前妻のCさんがドン・ファンにおねだりして購入した犬だ。だが、離婚の際にCさんがイブを連れていこうとすると、ドン・ファンが絶対に許さなかったという経緯がある。
これは私の想像であるが、Cさんとの復縁を何度も申し込んだドン・ファンにとって、イブは自分とCさんとをつないでくれている存在ではなかったのだろうか。それが切れてしまうことにドン・ファンは切なさを感じているような気がした。
本来は5月10日に全てを終了する予定だったが、少しぐらいのわがままは聞いてあげた方がいい。私は配達から帰ってきたマコやんと一緒にホームセンターに出掛けた。イブの体から異臭がしないように防腐剤を購入しようと考えたのだ。
■犯人呼ばわりされた家政婦は激怒
「大下さんがイブを殺したんやないか?」
自宅に帰ってくると、ドン・ファンが冗談めかして家政婦の大下さんに言った。私には冗談としか聞こえなかったが、これに彼女が激怒したのである。
「冗談じゃないわよ。私がイブちゃんを殺すワケがないでしょ」
頭から湯気が出そうなほどの怒りだった。
「まあ、まあ。本気で言っているワケでもないから」
私がなだめても、彼女の怒りは収まらないどころかエスカレートした。
「もう、こんな家にいられないから。私帰る」
そう言い放って、大下さんは自室の荷物をまとめると、元従業員のDさんの車に乗って大阪方面に走り去っていった。
これは大下さんのいつものパターンでもある。お手伝いを10日程度すると情緒が不安定となり、ささいなことでドン・ファンと衝突してしまうことが多かった。私とマコやんはこれを「ウルトラマンのカラータイマー点滅」と呼んでいた。ピコン、ピコンと音がするわけではないが、抑えていた怒りが爆発するのだ。
せいぜいもって10日で、それを過ぎると大下さんのタイマーは点滅して、最後には爆発してしまう。
「私一人で話し相手もいないから、気が変になっちゃうのよ。社長に愚痴をこぼすワケにもいかないし」
早貴被告が田辺に来る前に大下さんは私にこぼしていた。それでいて、また1週間ほどするとケロッとして戻ってくるのだから、不思議な関係だった。
当時の早貴被告は大下さんとそれほど仲が良くなかったこともあってか、引き留めることもしないで、玄関で騒動を傍観しているだけだった。(つづく)
(吉田隆/記者、ジャーナリスト)